まず初めに俺は病んでる訳ではない。ましてや薬などやっていないしごくごく普通の42才の3人の子持ち妻有りのオッサンであります!
これといって何の取り柄も無く平凡に毎日を過ごしている。仕事はちょいと傾いて来ている会社の大型トラックドライバーで月に手取りで30そこそこしか稼ぎは無い。
10代の頃には夢があった。
『俺は将来大スターになってやる』なんて事を小学校の卒業文集に書いていた。
だからと言って行動した訳でもなくただ単純にテレビのドラマに出たい!とか歌手になりたい!とかその程度だった。
中学を卒業し普通に高校に通った。
高校1年の頃同級生にバンドのヴォーカルを頼まれてコンテストやミニライブなどをやった。だが1年位で意見が合わず辞めた。
ここからが中途半端な俺が始まったんだろう。
中学時代3年間バレー部に所属し主将もつとめた。
まだその当時身長が180以上は少なくて高校に入ってすぐ勧誘されるがままバレー部にも入部した。部員が少なかったのもあるがすぐレギュラーにもなれた。
だが2年の5月に母が他界したのをきっかけにバレー部は退部した。
また中途半端な俺の性格が出てしまった。
そういえばバイクを免許も母の病気のバタバタを理由に行かなくなってしまった
部活も辞めて暇になったからバイトに燃えた。
喫茶店のウエイターにレストランのウエイターにパブのカウンター
だが卒業と同時に全て辞めた。
自分で書いてて自分が嫌になる(T_T)
恋愛などもあリながらも高校時代は終わった。
まだこの頃は友達は数人居たが親友と呼べる奴は一人も居なかったなぁ
卒業後は母の弟の焼き鳥屋で調理師の見習いとして二年働いた。
この店での出来事が自分の中途半端さを恨みたくなる最高の後悔だ
焼き鳥屋の場所は東京駒沢の246に面している店で芸能人や芸能関係の人が多い店だった。
ある日同じ歳のバイトの奴とふたりで芸能界に興味はないかい?と声をかけられた。
日にちを決めて目黒の事務所に行き社長に会い友達二人で契約書にサインをした。
数日後芸名をもらい宣材用写真をスタジオで撮影しオーディションも何度か受けた。
一緒にスカウトされた連れは同じ歳だったが高校をダブっていてまだ高校生の状態なので自由はきく
かたや俺は社員として働いていたため自由に動けるのは定休日の木曜日だけ
マネージャーは俺が動ける日のオーディションを持ってきてくれたがどれ一つと受かる事はなかった。
母の弟の叔父さんは芸能界に反対で協力はしてくれず俺には事務所からの契約更新はなかった。
また中途半端に終わった。
連れは映画の話が決まりCMドラマと人気俳優になった。
二年の約束の調理師見習いも終わり調理師免許も取らずこれまた中途半端に
死んだ母の最後の俺への言葉『真面目に生きろよ。何も悪いことしてないのに私は逝かなきゃならない。悔しい』と
その言葉が頭によぎりながらも一歩を踏み出せず失敗を恐れ何もかも中途半端に終わらせてきた。
42才の今になって若かったんだから何もかも捨ててがむしゃらに打ち込んでみればよかったと後悔しても後の祭
その後も水商売で知り合った芸能界事務所の社長に元有名バンドのドラムスのメジャーな芸能事務所の社長を紹介され会って話してみたが条件は『俺の運転手を一年やれ。そうしたらテレビに出させてやる』の一言が俺には受け入れられずそれ以来芸能関係の夢は途絶えた
しかも紹介してくれた社長に博打を教わり多額の借金まで作ってしまった。
今は家のローンしか借金はありませんが。
そして今凄く不安と言うか落ち込んでると言うか定年まで今の会社が存続してるだろうか?定年まで働いたとしてその後の生活は出来るだろうか?
今回全てをさらけたのは何日か前今俺が病気か何かで死を宣告されたら今までの人生を振り返るだろう
その時俺は幸せな人生だったなぁと思えるだろうか?
何を後悔するだろうか?
余命があったとしてどのように余命を送ればいいのだろうか?
もちろん仮定の話ではあるがこの先80まで生きたとして折り返し地点を過ぎた今どうやって生活をしていけば良いのか?
今のままで良いのか?
今のままでダメなら何を変えれば良いのか?
どんなに考えても答えが見つからない。
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