清観堂 という名前の会社をやっています。

今では室内装飾の工事を全般的にやっていますが、元は経師屋で表具屋です。
 
 どんな仕事をするかというと、障子を貼ったり、ふすまを作ったり、屏風や掛け軸を仕立てたりする仕事です。
 今ではめっきりそういった仕事は減ってしまい僕自身掛け軸を作る技術は継承されていません、かろうじて屏風を作ることが出来るくらいですが。それでも、この屋号を見て経師屋であり表具屋である事は一昔前ならそんなに不思議でも珍しくもない事であったと思います。

 実際、〇〇堂 という屋号でどんな商売を思い浮かべますか?

 お江戸下町や、鎌倉、川越等、歴史のある街に行くと堂とつくお店は少なくないと思うのですが。

 さて、話は少し戻りまして。

 今日、某工務店さんと新築の工事内容について話してたんですが。
 和室に建具があって、その仕上げについて確認をしたところ。
 「それは建具屋が仕上げるから良いです。」って言われたんです。
 僕自身も「え?建具屋さんが仕上げるんですか?」って聞き返しちゃったくらいで、工務店の監督さんもなんでうちが建具をやるのか理解できなかったようです。前示にもあるとおり、ふすまを作ったり、建具の貼り物を最後仕上げるのは本来表具の仕事だったはずなのに、そういう認識が全くなかったようで。そういう時代になったんだなぁと思いました。

 ただ、これ初めての事ではないんですよ。
 以前にも、「清観堂さんは襖は外注ですよね?」って当たり前の様に言われた事がありまして。その時ばかりは「表具屋が襖を外注するくらいなら商売やめますよ」って言いましたよ。

 そのくらい僕らの商売は廃れてしまったんだなぁと痛感しました。
 
 お宅には?ふすまや障子ありますか?
【長い上に面白くないよ】

総務省の電波停止発言についていろいろ思った。
意見討論の内容を全文見ると、お互い至極まっとうなことを言っているのだが、挙げ足取りの泥仕合にしか聞こえなかったのは俺だけだろうか?

ということを大前提にして。

もちろん素人レベルなので、ここに書くこと自体にはツッコミどころはあるのだろうが。

本来電波とは国が管理して許可を受けた人が使えるものではなく
降ってきた雨水を個人レベルでなにに使おうか文句を言われる筋合いは無いってくらいのものだそうだ。
もちろん流れてる川の水を企業がどう使って、同廃棄するかってルールがあるのと同じで、総務省というところはそれを管理場所なのだそうだ。

ゆえに、放送の内容にとやかく言う組織ではないのに、公共性に反する放送をし続けた場合認可を取り消す可能性はなくはないと言い切ってしまっていい訳ではないというのが今の話らしい。

では、本当にそいういう放送局があったらどうだろうか?

ちなみに北朝鮮のテレビ放送は偏ってると思いますか?ミサイルを打ち上げて、衛星だと言い切って放送すれば、国民はそう思うでしょ。愛する国がそう言ってるんだから。

例えば某オカルト宗教団体が、洗脳を目的とした放送をしていたとして、それを誰が由として誰が否とするか。

報道の自由、表現の自由と、自由にはいろいろあるが、僕が小学生の時の担任の先生が、自由には責任と、ルールがある。ルールが守れない奴は自由を語るな。と当時小学4年生の児童に向かって言った。
その時のことはいまだによく覚えている。

ルールを作るのが総務省、でも何が良くて何が悪いかを判断するのはきっと同業者なんだと思う。放送業協会見たいのがあるはず。ここが、立件して検察が調査して、検察が裁判所に電波停止の可否を決めるってのがきっと一番スマート流れなのではないかと思うのだが。

警察の中に監察官という人達がいるのは刑事ドラマなど見ていると出てくるのでご存知の方も多くいると思うが、放送業界の中にもそういった人たちがいれば良いのだと思う。

じゃあそこを管理するのはどこの省庁になるのか?

マスメディアの人たちは、国に表現の自由、報道の自由を奪われるみたいに言ってても、国と戦いう行動や、表現には消極的よね。 何に恐れているのか?
マスメディアの人達にとって一番恐怖に感じなくてはいけないのはスポンサーさんなのではないですかね?
収入源がなければ国に電波止められなくたって、止まっちゃうわけだし。

新聞、雑誌、テレビ、ラジオ等々のマスコミを絡めた新三権分立が憲法上必要になってくるんじゃないですか?これからの時代。

そういう意味では、3Dプリンタデータとして女性器を流布したやつを有罪にした裁判所は「正常」に機能していると思いましたよ。

まぁ、雑感としてですが。
食品廃棄物の不正流用が問題になってますが。
農水省のHPには日本の平成26年度食料自給率は、カロリーベースは前年度と同率で39%、生産額ベースは前年度から1ポイント減少し64%。
と書かれています。
そして、食品廃棄に関しては 年間1940万トン(1人当たり152キログラム)なんだそうです。多分少なく見積もっての話だと思いますが。
ここで、理解に苦しむところなんですが。
食料自給率はカロリーベースや、生産額ベースという数値を使うのに対して、廃棄する時には重量で算出されている点ですね。
詳しく探せば出てくるのかもしれませんが、作るものは何を何キロ作ると何キロカロリーになるって計算がはじき出されるんでしょうが、捨てる物をいちいち分別して計算するのは正直めんどくさい統計になりますよね。なのでめんどくさい理論だけは理解できます。
この辺りのお話は漫画もやしもんの中にも書かれているので、1巻から読みすすめて行ってくださればいずれ出てきます。
カロリーベースで今回の事件の事を考えると、40609枚廃棄されてビーフカツの1枚のカロリーが536kcalで21,766,424kcalとなります。2176万Kcalですよ。
食料自給率のカロリーベースで計算すると、今回これだけ捨てたって事が食料自給率に影響を及ぼすんじゃないかって思うんですよ。
もしこれが「こんにゃく」だったら。
ビーフカツが見た感じおよそ160gだと仮定して160×40000=640万グラムで2176万キロカロリーに対して。
こんにゃく640万グラムだと32万キロカロリーですよ。
その差が2144万キロカロリーもあるんです。
実は、食料自給率に廃棄率は反映されていないらしいです。
実はこれも漫画もやしもん情報。
これを反映すると、食料自給率は60~70%くらいまで上がるらしいです。でも捨ててるものが国産か輸入品かの分別まで流石にわかりませんから、反映は現実的に難しいでしょうけど。
兎も角、今回の事件において、食の安全ともったいない理論は両立しないことが判明しました。
それと、日本人は食品を捨てすぎということが解ったかと思います。少しだけでいいので反省しましょうね。
一時、文房具店の試し書きのメモ紙を収集している人がメディアに出て、写真集などもの刊行されていたようですが。

http://corobuzz.com/archives/15234

きっと氷山の一角だと思うのですが、秀逸。
アフィリエイトについて

いきなりネット社会においての専門用語が飛び出して、なんかたくらんでるかな?的な感じなんですが。
そうじゃなくて、ちょっと興味を引いたんです、

まず私もそうですが、アフィリエイトとは?

アフィリエイト(Affiliate)の言葉は、「加入する・提携する・関係する」といった意味を持っています。ここでは「提携する」がいちばんイメージとして当てはまるでしょう。アフィリエイトは、「成功報酬型広告」とも言われ、例えばあなたがある企業の商品を販売したとしたら、その企業からあなたに報酬(成功報酬)が支払われるという広告です。

執筆者:北村 良子 http://allabout.co.jp/gm/gc/22964/

だそうです。(コピペって繊細よね。)

詳しくはリンク先を読んでみてください。
実際読んでみたら目からウロコでした。

でもって、まぁ単純にやってみようかなぁと思うのもいいんですが。

やってみようと思っていきなり月収30万とか絶対無理ですから。

そうではなく。

これを利用して、いかに自分のブログを見てもらえるものにするかのスキルアップは目指せないものか?という企み(たくらみってこういう字だったのね。)

正直、人に教わってもピンと来ない事柄っていっぱいあると思うのじゃが。

だからと言って解らないで手探りってのも長く続かない、モチベーションが保てない、ので。

せめて灯台の存在としてどうかなぁ?と思いついたのがアフィリエイト。



思ったのが、

よくよく考えてみると、ツイッターはあんまりやらないけど、フェイスブックは週に3度以上投稿を上げてる訳で。もちろんその中身は写真に一言だけとか、とても誰かを惹きつける内容ではないが、でもそんな一言にイイネ!が100近く付く事もある訳で、無駄にアップするだけではなくこれはこれでもっとスキルアップできたらお得なのか?と自画自賛的な発想。


まぁ、やるかも知れないしやらないかも知れないですが。そんな事を思ったんです。

アフィリエイトについて一切語ってないですね(笑)

最近、ちょくちょく見かけるのが「B型の詩」ってやつ。

当たってる部分もありますが、誤解も多いと感じたので僕なりに解説をしようかなと思いました。

ちなみに、先に言っておきますがその「B型の詩」って物自体を否定するつもりは一切ありません。
そんな風に面白く書いてくれてありがとう的な感情を抱くのも「B型」ならではだと思ってますので。


「B型の詩」

我儘結構、自己中結構、
今日も行きます我道を。

(基本的に自己中も、わがままも、本人に自覚はありません、他人のことを考えて自分にいい形をとろうとするとそうなるだけです。)

他人が何と思おうと、
人生悔いはありません。

(そりゃそうです、自分の為に何かをしているのですから)


陽気で寡黙な性格です。
躁鬱病ではありません。
ついてこなくて結構です。
こちらも勝手にやってます。

(極端な例ですが、そんなに感情を激しく揺さぶる事のある人ってB型でなくてもいらっしゃますしB型ならではないです、ただ、勝手にやってるのは事実です。)

好きな人には尽くします。
とことん助けて差し上げます。
嫌いな奴らはシカトです。
この世の末までさようなら。

(これに関してはB型側から言うと、A型の人の方が激しいと思います。嫌いな奴はシカトではなく、そもそも興味がありません)


勝てない勝負は致しません。
熟慮の末の不参戦。
一度始めた勝負なら、
たとえ死んでも負けません。

(負け戦を楽しむ習性があるのはB型ならでは、なのかと思います。熟慮の末に不参戦はむしろA型の人のほうが多いのではないでしょうか?あと意外に勝ち負けにこだわらないB型と、ものすごくこだわるB型の2パターンいますのであしからず。)


いつでも話は真っ直ぐに。
隠し事はありません。
飾る言葉もありません。
きつい言い方得意です。

(ちゃんと人並みにありますよ。きつい言い方は得意として言ってません、そうたら割れても仕方がない言い方をしてしまうケースが多いだけです。)


考え事は大好きです。
独自のアイデアひねります。
実行するのは面倒です。
途中で止めても平気です。

(独自と言う所がミソですね。アイデアひねるところで疲れちゃうんですね、そのあとの実行も助走がないと出来ないです。途中でやめても平気な反面、最後までやらないと気がすまないところもあります。)


お世辞言う奴ムカツキます。
心のない奴わかります。
批判されると嬉しいです。
心のある人わかります。

(極端なポジティブさんと極端なネガティブさんがいるのがB型人間の面倒くさい点だと思います。お世辞も、嫌味に聞こえるお世辞は嫌ですが、そうでないのはスルーです。)


ヴァカは相手に致しません。
ヴォケもきっぱり拒否します。
最初の一目でわかります。
世の中、敵か味方かです。

(これは極端すぎます、B型ならではの問題ではないと思います。敵か味方かみたいな風に見た事ないです。)

自信に満ちた思い込み。
思い立ったらすぐ実行。
平気で均衡破ります。
後でクヨクヨ悩みます。

(後でくよくよ悩まないのがB型の良いところであり、他人から見ていらつく所だと思ってます。)


激怒の後の大笑い。
気分は気分で変わります。
炎が燃え立つ時あれど、
三歩あるけば忘れます。
 
(3歩歩けば忘れると言う訳ではなくて、忘れるようにする事ができると言って欲しいです。だから激怒の後に大笑いもできるのです。でも、ねちっこく何年も覚えてる奴もいます。)


いつでも直球勝負です。
他に球種はありません。
姑息な手段を使うなら、
人間辞めた方がマシ。
 
(一直線に物事を考える事はありますが、その為のプロセスは他の人が思う数倍考えてます。その結果実は若干遠回りなことをしているようで一番最短距離を進んでいるという計算の上での直球です。その中には姑息な手段ももちろんあります。人間辞めた方がマシというか、姑息な手段を使わなきゃならないような事態自体をしないと思います。そのための遠回りは喜んでやります。)


「目には目を」が信条です。
恨みは倍で返します。
たとえどこへ逃げようと、
地獄の底まで追いかけます。

(まさか、半沢直樹じゃあるまいし。そりゃ血液型超えた話になっちゃいますよ)


媚ません。へつらいません。曲げません。
とことん道を追求し、
あっさり事を投げ出します。

(あっさり事を投げ出すと言うか、ものすごく情熱的にやってた事も、突然忘れてしまうことがあります。「であれどうしたの?」って聞かれて、「あ、忘れてた、もういいや」って事があったりします。)


細かい事は気にしない。
ネチネチつまらん話すな。
くどい言い方嫌いです。
話は一度で充分です。

(ここに関しては何も言うことないですね。妙に理屈っぽい話をされると混乱する時があるくせに、自分ですごく理屈ぽく話すことがあるのがB型の悪いところです。あと、理屈に対して感情をぶつけたがる悪いところもあります。)


世の中Bだけ居たならば、
話はすんごく早いのに。
oioi オマイラAですか?
邪魔です。そこをどきなさい。

天が与えしこの血潮、
ますます磨きがかかります。
次に生まれて来る時も、
迷わずBを選びます。


(A型の人への敵対が強いように思われがちですが、基本的に他の人への感情ってあまりないです、妙にB型に突っかかってくるA型の人が多いのでそうなるだけです。O型にしてもAB型にしてもB型には突っかかってきませんから。 あと、世の中B型だけだったらって考えると同じB型として恐ろしいです。それはそれで困るのです。あと、生まれ変わっての話。別にどーでも良いよって考えるのがB型の人です。)


以上です。
「来年に向けての考えてることを小出しに書こうかな」が年が変わってしまったのでww

その2というタイトルにしてありますが。

次回から「今年やりたいと考えてることを小出しに書こうかな その3」という感じで再スタートします。

で、

来年シリーズは尻切れトンボになっちゃったので、

まずはじめに。
アメブロ罠多すぎ!!

細かい事は書かないけど、使い慣れていないって事もあって、ブログをあっちこっち立ち上げては消してを繰り返してきたけど、やっと落ち着けるかなと思ってやり始めたアメブロだが、いまだつっかえつっかえ。  

っていうのが更新に間が空いた大きな理由です。
小さな理由は仕事が忙しかったってこと。

あ、でも探り探りだけど使えてくるといいかもしれない。

とにかく昨年は良くも悪くもいろいろあった、嫌なことは忘れるとして。

今思えば、「私の主張」ってイベントが伊東であったんだけどそこで知り合えた人の縁がちょっと核融合してくれそうな気配がある。

今年はその核融合をもっと大きくして良い所発電するくらいまで大きく出来たらいいなぁと思ってる。

このへんの話はもっと膨らましていきたいので、今日はこのへんまでで。

仕事のお付き合い的には新規のお客さんとの仕事が数件入ってきた反面、取り逃がした仕事も少なからず。
反省を多くして勉強させられた1年だったようである。

対人関係大事!

新規で取引し始めた会社が増えたというのは、いろんな要因があると思うのだけど、大きく実感としてあるのが、うちが、株式会社と言う会社(法人)であるという事と同業社(あえて者ではない)の減少かなと思う。

生活においての経済格差が、年々顕著に現れている様に、仕事においても経済格差が生まれているように昨年後半は感じた。

わかりやすく言うと、自分たちくらいの小さい会社の回せる仕事と言うのは限度があるので回せるくらいの仕事を探すのだけど、それがない。
逆に大き大きい仕事はあるけど、そんなものは1社では賄いきれない。
当然大きい会社が受注するわけだけど、そういった会社から下請けで受けると採算が合うか合わないかギリギリのしょっぱい仕事になってしまう。これじゃ商売をしている意味がない。でも一人親方などは十分それでも稼ぎになる。ここにちょっとしたギャップが生まれる。

一人親方はそこのちょっとしたギャップに魅力があるが、当然3次下請け、4次下請けなので、限界がある。
限界というのは伸びき切ったゴムが切れるが如く、ストレスの掛かったバネが跳ね返るが如く、龍が如く、逃げ出したり廃業したりになる。

いま建設作業員が人手不足になっているような話は耳にした事のある人もいるかと思いますが、そのような事情で作業員が減少しているのです。更には少子化、後継者不足、新たにこう言ったガテン系職業を選んでもらえない悪循環から、現状に陥ってるのですね。

つづく。

さっき書いた長文のブログなんか操作ミスで全部消えちゃった。

がっかり。

もうかけねーな。

ってわけで、頭を整理してもっかい書きます。
今年もあと数日になって、まぁ一年浮き沈みの激しい一年だったなぁと痛感しているわけですけど。
痛感ですよ。
勿論良い事もありましたが、きついなぁーって思うことの比率が大きかったかな。

何があったかはちょっと書きずらいんだけど。
とにかく精神的に辛かったな。
肉体的にはあっちこっち痛くて、40になって初めて歳ってものを実感する様になりました。
勿論これは単純に不摂生と運動不足が大きな要因であるのは解ってることなんだけど、やっぱり50になっても、60になっても強い人って居るわけで、見習わなければいけないと己のだらしなさを痛感しているわけですよ。

つづく