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喪主様は 故人様と一緒に到着されました

館内に入り 上を見上げると

式場の入口には 故人様の たくさんのスナップ写真

それを見つけるなり 階段を上がりました


「あら こんな顔してる写真初めて見たわ」

そう言いながら 何枚もの写真を 順番に見つめていました


式場に入ると いつものかしこまった顔の故人様の遺影写真

祭壇に近づきながら 私は喪主様に 話しかけました

「何が あったんですか?・・・」

「え?」

と 喪主様の表情が変わりました

「昨日の朝 いつものように 除雪をし 昼からは2人で温泉に行き

主人の大好きなラーメンを2人で食べ

夕方には家に戻り 夜寝ていると 急に起こされ

心臓が痛いから 救急車を 呼んでくれ と言われ・・・

救急車に乗って 病院に着く前に・・・・・間に合いませんでした」

喪主様は泣きながら そう教えてくれました


我慢していたんですが 私も涙が止まりませんでした


故人様は 私と同じ会社に勤めていました バスの運転手でした

いつものように朝 おはよう から始まり 帰りは また明日ねーと 手を振る

とても楽しい方でした お話好きな方で その人がいると その場がとても明るくなりました


「大変 お世話になりました 感謝しています

毎日のように バスに乗せていただいていました

信じられなくて・・・・」

涙が止まらず 言葉にならない


喪主様はたくさん 色んな話を してくれました

ご家族も ご親族様も 紹介してくれました

故人様が1番かわいがった お孫様も紹介してくれました


娘様達に

「会社での父は どんな人間だったんですか?」と聞かれ

お答えしながらも また涙

棺を開け 顔を見る自信がありませんでした


お式の時間が近づくと お知り合いの方々がたくさん来て

お話する度に 涙を流していた喪主様でした


告別の朝 娘様達に頼まれ

故人様の バスを見に 喪主様も連れて 車庫へ

娘様達は バスに乗り バスの写真を撮り

そんな中 喪主様は 涙を流しながら バスを見つめるだけ

「乗ってみませんか?」

私が 声をかけても 娘様達に言われても 首を横に振り 見つめるだけで精一杯だった喪主様

その 故人様のバスで 火葬場へ 

バスに棺を乗せ 来てくれた方に 挨拶も終わり 親族皆様がバスに乗るときに

喪主様は 失神されてしまいました

数分後には 意識が戻りましたが

見ているのも辛かったです


私にとって 7年間務めた 最後の葬儀の仕事が

同じ会社のバスの運転手さんになってしまいました


死に いつも直面している

毎日 死を見つめていると 嫌でも思い知る

人生は 一瞬一瞬が猶予の時間

大事な人ができたとしても そのうち期限が来れば失ってしまう

失う経験を できるだけ遠ざけたい

生きれている事 大切な人が 生きていてくれる事

後悔しない程に それを大事にしなきゃいけない

それだけは 見失わないように 生きていきたいです


読んで下さってありがとうございます


朝6時

いつものように出勤し

いつものように担当の式場へ


式の準備を始めようと 扉を開ける


涙顔の喪主様が 必至で耐えながら

祭壇の前を 右から左へ歩き

そしてまた 左から右へ


そんな姿に気づいた 喪主様のお婆様


何度も何度も 喪主様を呼ばれてましたが

泣いている姿を見せたくなかったようで

また 右から左へ


故人様は60代女性

喪主様は 娘様

ずっと2人で暮らしてきたそうで

この日が来ることを 必至で 避けてきた喪主様


故人様が亡くなったのは もう10日程も前でした

7年間も この仕事をして 初めての言葉でした

エンバーミング

ご遺体の 血液を全て抜き

防腐剤を ご遺体に入れると言う処置です

10日程は 腐敗せずにいれるんです

顔色も良く 臭いもなく 綺麗な故人様でした

とても 高額な処置の為か 

エンバーミングされる方は 少ないと思います


それでも エンバーミング選んだ喪主様の気持ちは

嫌になるくらい 伝わってます

祭壇の前を歩き続けた 喪主様の姿を 今でも思い出します

とても 話しかけられなかった

このまま 一緒にいれる時間を 邪魔しないように

できる限り喪主様に時間を あげていたかったです


もしも 永遠に そのままの姿を残せるのであれば

それを 選んでしまうかもしれない

と言うよりも 私もそうしたい

寂しがっていないかな

震えていないかな

毎日毎日 何度も呼んでしまいます

自分を責め 会いたいと 泣き あの日をやり直したいと 願い

でも それが 故人を 苦しめる事だと 聞きました

進まなきゃ

自分を許さなきゃ

いつか会いに行ける 姉の所へ

姉の47歳の誕生日が過ぎました

毎年のように おめでとうメールを送ろうかと 携帯を見つめてた

「嬉しくないよ! でも ありがとう」と

また メール返って来るかな


虫の知らせ って言葉がありますよね

それに気づかなかった私

まさか こんな事になるなんて思わなかった私

最後の最後まで 姉に恩返しできなかった

愚かな私

今 生きていて 何ができるだろうと 思う

誰かに 何かできているかな

誰かの命を救いたい

そう思うようになりました




お会いする前から 聞いていました

喪主様は20歳男性

故人様は 50歳女性 喪主様のお母様

周りがとてもピリピリしてるから 気をつけてあげて との注意事項でした


喪主様は お風呂場で 亡くなっていたそうです

突然死でした


皆様が到着し

いろんな説明やら 進行の打合せやらでの そんな合間に

喪主様は 私に

「家族葬ってなんですか?」

20歳男性には 無縁の言葉だったんでしょうね


喪主様は3人兄弟

お姉様が 2人います

長女様は 少々障害のある方でした

葬儀という 初めての色んな 状況に

たった1人で 受け止めてた 喪主様

表情を変える暇もなく 来る方達に 一生懸命挨拶をされてました

通夜が始まり お経が始まった頃に

仕事帰り姿の 喪主様の お友達が何人か お参りに来られました


お式が終わり お参りに来てくれた方々を お見送りのため

入口前に 3兄弟 並んでいただきました

故人様のお友達や 会社の方々に 励まされ

何度も何度も 頭を下げてた 喪主様

最後に 喪主様のお友達やら 先輩が 

お友達は 何も言わずに喪主様の肩をたたいた

その瞬間 我慢して頑張っていた喪主様が

涙で崩れていった

肩を抱き合い お友達も 泣いていました


一緒に泣いてくれる お友達がいて良かった


しっかりしなきゃいけない なんて

喪主 という立場の 喪章を つけられたら 皆様 そう思うそうです

葬儀なんて忙しく時間が過ぎてしまい

涙を流す暇も あげれてない事に

気づかされました


兄弟3人で 笑えたりする時間ができていたらな と

思っています

月に 50件程の 葬儀をします

休む暇なく 次から次へと 担当する 毎日


自ら人生を終わらせた 葬儀が続いた日がありました

それも どの葬儀も 60代女性 


小学1年生の女の子

旅行気分で 会館中 走り回ってた

久々に会う 親族に 笑顔を振りまいて

楽しそうな笑顔を 何度も見ました


告別前の 打ち合わせで 告別の式中で お手紙を読むと 聞かされました

その女の子でした


式が始まる前に 女の子に話しかけました

「お手紙を読む時に 私が迎えに行くから 一緒に前に出ようね」

「うん」

「マイク持っていくから 頑張って お手紙読んでね」

「うん」

少し緊張した顔でした


お経が始まり15分程で お寺様の合図

「弔辞をどうぞ」


マイクを先に 置きに行き すぐ 女の子を迎えに行った

全然平気な顔して 立ち上がり マイクまで 歩く

紙を ひろげ 読み始める

「私は おばあちゃんが大好きです

 もっと たくさん遊びたかった もっとたくさん一緒にいたかった」

そこまで読むと 女の子は泣き出してしまい それ以上読めなかった


見ていられなくって すぐ そばに行き

「頑張ったね 無理しなくていいんだよ イスに戻ろうか」


席に戻っても 涙の止まらない女の子


故人様には 見えているんでしょうか

後悔で 苦しんでいるんではないかと

たった1人の こんなかわいいお孫様 泣かせてしまうなんて


もしも 生まれ変われるんだったとしたら

もう2度と 同じ事を繰り返さないで欲しいです



そんな毎日で 小学5年になる 娘の 作文を 見つけた

:私のお母さん:

私のお母さんは 仕事が忙しくて 家にいる事がありません

話したい事 たくさんあるのに もっと遊んで欲しいのに

家に帰りたいのに いつもおばあちゃん家ばかりです

そんなお母さんを 嫌いになりそうです

友達の家が 羨ましいです



生きてるくせに 自分は何も できてない

忙しさに 甘えすぎていたんだと

もっと 努力しなきゃ 

生きているうちに

もしも もしも 

先が見えたとしたのなら

救えた 命があっただろうな

誰かの為に 何か 力になれてるのかと 毎日思う

姉が そばにいたら 何て 言うかな


最後に会話してから 24時間以上経って やっと 会えた姉

警察署の車庫の端っこで 緑のビニールのチャックを 開けると

裸の 姉がいた

こんな現実 意味がわからない

その全ての光景が 今でも 苦しく残ってる




警察署からまっすぐ 会館に到着された故人様とご親族

故人様のお母様は ロビーで 泣き叫びながら 誰かと電話で 事情を説明されてました

その横には 頭を抱えたまま うつむいている 故人のお兄様


故人様 35歳男性 自ら命を 終わらせました


夜遅くに 故人様の会社の皆様がお見えになり

お顔を見るなり 「お前が責任を取る必要なんてなかったんだ」と泣き崩れた 


故人様は 新婚1年目

奥様とのアパートで 自ら命を絶ちました

遺書はなく 第一発見者は 奥様でした

故人様の会社で 大きなミスがあり その責任を 取ったのではないかと

そんな話しを聞きました


次の日の通夜当日

昼ごろに 遺影写真を 祭壇に飾りました

笑顔の素敵な お写真でした

写真ができた事を お母様にお伝えすると

涙を流しながら 良い写真だわ と ずっと見つめていた お母様


お通夜の時間が近づくと 親族様の数も増えていき

打ち合わせや お伝えする事があったりで 何度も 喪主様の奥様を探すと

控室の入口に 座ってました

喪主様は まだ29歳

喪主様のご両親は 早くに他界されているらしく

4人姉妹の 末っ子の喪主様


何か伝えるたびに 喪主様は お姉さま達に すぐ相談されてました


あきらかに 故人様のご親族でいっぱいになった 控室には 入れない喪主様

ずっと その入り口で 小さくなってる 喪主様

すごく心苦しい 時間でした

喪主様が お姉さま達以外と会話してるのを見る事はなかったです


どんな時でも 表情を変えず 1度も涙を流さず 過ごした喪主様

「ここに来るまで たくさん泣いたんです 最後くらい しっかりしていたいんです」

と 話されてました


喪主様は 笑顔で たくさん故人様のお顔をなでていました

ちいさな声で 何か 故人様に話しかけていました


喪主様が きっと必死で 涙を我慢しているのに

そのすぐ 側にいる自分が 涙を流すわけにはいかない と

苦しい 式でした


今 この瞬間が 目の前にいる大切な人との最後だとわかっていたなら

いつでも できる いつでも 伝えれる なんて 勘違いしないで すむのに

もしも もしも 明日がなかったとしたら

今を 後悔してしまう

笑ってあげたり 大切な言葉伝えたりする ほんの少しの時間を どうしてつくらなかったのかと

明日でいいかな と思うくらいなら 今日でもいいはず

だから今 大切な存在だと言うことを 伝えなきゃ

人生なんてあっという間

終わりが突然来る事も 珍しくない


その覚悟をしておかなきゃ と思いつつも

毎日の仕事の忙しさの繰り返しで 薄れてしまう


40代後半男性

自宅で 何日も前に死亡していた

警察からまっすぐ会館へ到着

やっと連絡が取れた 親族からは 

「最低限の葬儀をやっておいて下さい」との事でした・・・


故人様は離婚しており

親族様 全てとは 絶縁状態だったそうです


お酒をやめれずに 飲んでは 暴れる毎日で

回りの人間全てを失った


遅くに 故人様の妹様が到着されました


親族様1人だけでの 小さなお式でした


心配していただけに ほっとしました

たった1人でも 親族に 送ってもらえて良かったと


死んでしまってからでは 伝わらない事の方が 多いと思います

もしかしたら 謝りたかったかもしれない

誰かに感謝の気持ちを伝えたかったかもしれない


大切な物を ちゃんと大切にする気持ち

忘れずに生きなきゃ きっと 後悔しますよね


満足な葬儀とは どんなんだろうと 毎日悩む

担当を持つ立場に変わり 葬儀が終わった時に 

ご親族に 感謝しています と言われた時には ほっとする


何か力になれたような気になる 


90代男性の故人様

喪主様は 奥様


最後に 棺をしめ 小窓を閉じるため 奥様をお近くに お連れしようと声をかけた

「私はもういいの もう 十分なの」と 笑顔で私に 言いました

後悔のないようにと もう1度声をかけましたが

「大丈夫よ もういいのよ」と また笑顔で答えられました


自分の中では意外な事でした

落ち着いた笑顔に 満足できるほどの 2人の時間があったんだと 

そう思い 最後を全て 息子様 娘様に任せ 喪主様とその光景を一緒に見守りました


自分の思いばかりが正しいわけではない

人それぞれ 受け止め方が違う

そう気付いた お言葉でした


先月 姉の1周忌でした

1年ぶりに 姉の家に行きました

懐かしい道のりでした

怖くて 逃げてた この姉の家までの道を 1年ずっと避けてた


たくさん我慢しました 必死で我慢しました

すぐ隣には 子供たちが笑ってる

でもできなかった 

涙が止まらない

「もういいの 大丈夫よ 十分よ」と 私も笑顔になりたい

そんな年まで 一緒に生きていきたかった


どんな葬儀でも 落ち着いて 親族の気持ちを見つめなきゃいけない

気づいてあげなきゃいけない


1度は もう無理だと 辞めようと思ったこの仕事

姉の大嫌いな葬儀屋の職業

姉が認める 葬儀屋になる


また言われたい

感謝しています と 言われる努力しなきゃいけないですね

何よりも 急な別れが 1番の苦しみなのではないかと思っていた

自分が 姉を突然失った 悲しみ以上の苦しみなんてないと 思っていた


会館に到着した喪主様は 必死で涙を我慢しながら歩いていた

着くなりすぐに お棺のそばの席に座ったまんま

お写真を見つめながら ずっと泣いていた喪主様

開式よりも とても早くから 喪主様のお友達が 何人か来ていました

お友達の顔を見るなり また 涙・・・

故人様となった 奥様の事情を話しながら 止まらない涙


故人様 喪主様 60代前半

故人様は 1年半も 白血病と戦って過ごしてきたそうです


どんな時でも ずっと 1人 座って お写真を見つめていました

通夜が始まっても 焼香をしながらも ずっと涙


必死で必死に 涙を抑えようとしている 喪主様の姿が 辛かった


次の日の告別の日も 喪主様は お棺のそばの席に座ったまんま

真っ赤な目で お写真を見つめてた


告別のお経が終わり

棺ふたを開け 献花の時

ビールが大好きだった 奥様に ビールで口元をぬらしてあげていた喪主様

「ずっと我慢してたもんなぁ 最後に飲めて良かったなぁ」

泣きながら 話しかけてる喪主様を 見ていられなかった

「痛かったろう ごめんなぁ」

と 故人様をなでてあげていた喪主様

自分の涙も止められませんでした


火葬場でも ロビーで1人 食事もとらずに 座っていた喪主様でした


会館に戻り 全てが終わり お帰りになられる時

初めて喪主様と話しました

「たまたま 勧められた健康診断で 妻は 白血病だとわかって 先は長くないと 言われた時は

2人で頭抱え込んで 悩みましたよ

死ぬってわかるのは 辛いですね」

真っ赤な目で 喪主様は 私に そう 話されました

何て言葉を返していいのか わからなかった・・


ああだったら良かった・・こうだったら良かった・・・

どうして突然だったの・・・

なんて ずっと立ち直ろうとしていない自分

姉が逝ってから あと10日で1年経ちます

姉のお骨と最後に会ってからは もう10カ月経ちます

10日後に 姉のお骨に会えた時には 泣かずにいれるか自信がない

姉の子供達の前なのに 我慢できるか 自信がない・・・


子供達の為にも しっかりしなきゃ いけないですね

お棺とご一緒に到着された 喪主様は 40代後半の女性でした


正面玄関に到着し 会館に入ると 目の前に大きな階段

私は 喪主様を 今日の会場と 控室へとご案内しようと 一緒に歩き始めた

上を 見上げると 今日の会場と その入口には 故人様のお写真が飾ってある


階段の途中で 喪主様は その写真に気付いた


私が後ろを振り返ると 階段の途中で しゃがみこんで泣いている喪主様

何の声もかけれずに 立ちあがってくれる喪主様を 待った

なんとか 会場前まで 歩き 入口の写真を 涙流しながら 見ている喪主様


次々に到着する ご親族様に 

「この写真 良い写真でしょう」と

嬉しそうに 写真の説明を 何度も何度もされてました

「旦那は海が好きでね 大好きな海で撮った 1番良い顔でね」

私はそばで 何度も その話しを 聞いていました


故人様、喪主様 同じ年

結婚2年目 お互い再婚同士で ご結婚されたそうで

こんなに優しい旦那様は 世の中にこの人だけだと 自慢されていた 喪主様


籍を入れて まもなく 体の不調に気付き すぐに 入院

そのまま 仕事に復帰もできず この日を迎えたそうです


喪主様の子供を とてもかわいがり 子供の友達も一緒に連れて 色んな場所へ行くほどの

日々だったそうです

式には 子供の同級生もたくさん来ていました


次の日の朝 喪主様は 落ち着きがなく 何度も何度も外を見に行ってました

会場前で待機していた私に

「今ね バスが到着する予定なの 到着したら 私に知らせてください」と

私に言いました

会館にも バスはあるんですが

故人様は 観光バスの運転手 喪主様は バスガイドだったそうです

バスが到着し 喪主様に知らせに行ったら

「あのバス 主人のバスなの・・・」と私に伝え 

走って行かれました


バスに乗る前の 喪主様からの ご挨拶では

「短い時間でしたが こんなにも幸せな日々でした」と

最後の方は 涙で 言葉が 聞こえませんでした


故人様が長年運転してきた バスで 

ご親族を乗せ 火葬場へ行かれました

お通夜開式数分前 お寺様が到着しました

会場前で 待機していた私に お寺様は お位牌を3つお渡しになりました

3つ???

3つあるお位牌は初めてで 驚きました


故人様は 今は多くなってきた 生前見積もりに来られた方でした

ご夫婦で 会館に来られ 奥様は余命宣告を 受けていて もう時間がないとの事でした

「黄色が好きだから 祭壇の花は 黄色にして欲しい

私が入る棺は 黄色っぽい この棺にするわ

プランはこれでいいわ・・・」

と 全てを 決めていたそうです

「お寺にも話しておいたんですが 位牌は3つ用意する予定なの

私の母の遺言で お墓は 母と3姉妹で入る事になってるの」


そんな出来事を お通夜前に 聞きました

1つ目のお位牌は お棺と一緒に火葬

2つ目のお位牌は お墓のある奥様の実家へ

3つ目のお位牌は 旦那様へ


「私たち夫婦は 死んだら離婚なのよ」って 笑ってお話していたそうです


全ての葬儀が終わり

お骨になった奥様を 奥様のご親族に 預け

旦那様は お位牌だけを 持ち

別々の方向へ 帰って行かれました

旦那様の住む町と 奥様のお墓の町は とても遠く

旦那様は 小さな仏壇を買い たった1つ持って帰れた お位牌を置きたいと話して行かれました

奥様を失い お骨とも離れ

とても寂しそうな 後ろ姿でした