小林side






もうすぐ0時になる。



そう、つまりバレンタインデーが来る。



だけど私は残念ながら、この時間を一人で過ごす。



恋人の仕事が延びていて、終わる時間が読めず、帰宅が遅くなるらしい。






小林「あーあ、久しぶりに一緒にゆっくりしたかったのにな…」






口から出た素直な想いは、壁に吸い込まれるだけで誰にも届くことはない。



私は明日オフだけど、彼女はまた仕事があるらしい。



次一緒にのんびりできるのがいつになるのかわからない。



『何時になるかわかんないから、先に寝てて。でも絶対帰るから』



その連絡がもらえただけでちょっと安心したけど、やっぱり寂しいは寂しい。



あ、0時過ぎた。



本当は起きてたいけど、今日の朝早起きだったのと、仕事終わりにお菓子作りをしたから眠気に襲われている。



結局、机の上にメモ書きと、作ったガトーショコラを置いて布団に入った。





















翌日、朝起きると私が置いておいたものは綺麗になくなっていた。



代わりに残されていたメモ書き。



『ありがとう、おいしかった』



ちょっとした言葉だけど、頭の中では彼女の声で再生されて、自然と頬が緩む。



勝手に彼女の声を再生したせいで、無性に顔を見たくなった。






小林「…まだ寝てるかな」






時計を確認すると8時。



昨日何時に帰ってきたかわからないけど、物音がしないからたぶん寝てる。



音を立てないようにしながら、彼女の部屋のドアを開ける。



いつもは私の部屋で一緒に寝るけど、『帰りが遅い日に由依を起こさないように』って気を遣ってくれている。






小林「…失礼しまーす」






ベッドの横まで行くと、射し込んだ太陽の光にうっすらと照らされた、きれいな顔が見えた。






小林「…やっぱりきれいだな」






何度も見てるはずなのに、いつ見ても彼女の美しさは桁違いだと思う。



寝てても、ノーメイクでも、そんなの彼女には関係ない。






小林「…ちょっとくらい、いいかな」






普段、私が彼女に触ることは滅多にない。



いつも彼女が、私の頭を撫でたり頬っぺたをつついてきたり。



だけど彼女の幸せそうな顔を見ていたら、見てるだけじゃ物足りなくなって、彼女に触れようと手を伸ばした。






小林「おわっ…!」






伸ばした私の腕は、布団の中から唐突に伸びてきた手に思いきり引っ張られた。



予想もしてなかった出来事に、私は体のバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。



そのまま布団の中に引き込まれて、中の人物に抱き締められる。



自分の体の重みで不自由な右腕に比べて、比較的自由な左腕をどこにやるか悩んだ。



結果、彼女の肩辺りを軽く掴むことで落ち着いた。



少しして体が離れると、彼女は私の目の前で満面の笑みを浮かべている。






理佐「なーにしようとしてたのかな?」


小林「え、いや、別に…」


理佐「まだ寝てると思った?」


小林「うん、昨日何時に帰ってきたかも知らないし…もしかして起こしちゃった?」


理佐「由依が部屋入ってくるちょっと前から起きてたよ」


小林「そっか」


理佐「由依が誉めてくれるから、どのタイミングで起きればいいかわかんなくなっちゃったよ」


小林「あっ…」






理佐のこときれいだって言ってたの、聞かれてたってことじゃん…恥ずかしい…



あまりの恥ずかしさにで、理佐に向き合っていられなくなって、体ごと逆を向いた。



すると、もぞもぞ動く気配がして、背中にぴったりくっつかれ、お腹の前では手が組まれる。



頭の真後ろから聞こえる『由依』と呼ぶ声。



朝だからか、いつもより少し低くてまだ掠れてる声。



たったそれだけのことだけど、私をドキドキさせるには十分だった。






理佐「昨日の、すごくおいしかった」


小林「よかった」


理佐「すぐ食べ終わっちゃったもん」


小林「夜中に食べて胃もたれしなかった?」


理佐「全然、もっと食べたかった」


小林「…まだ少し冷蔵庫に残ってるよ?」


理佐「ほんと?じゃあ起きたら食べる」






思ったよりも喜んでくれたから、作った甲斐があった。



理佐は起きたら、なんて言ってるけど、お腹に回された手がほどかれる気配はない。



ずっとこの時間が続けばいいのに。



だけど、彼女は今日仕事がある。



いつまでものんびりこのまま、というわけにいかないのが残念でならない。






小林「理佐…今日何時に家出るの?」


理佐「あ、今日お休みになった」


小林「そうなの?」


理佐「そう、だから一日中、ずっと由依と一緒にいられる」


小林「…家でのんびりでもいい?」


理佐「もちろん。だからもうしばらくこのままね」






そう言うと、理佐は私を抱き締める力を少しだけ強める。



同時に、『んー』と眠そうな声を出しながら、背中にグリグリと頭を擦り付けてくる。



あぁ、幸せだなぁ。



自分から顔を背けたくせに、やっぱり顔が見たくなって狭い腕の中で体を回す。



半回転して少し目線を上げると、目の前に私の大好きな顔があってびっくりした。



さすがに近くて、少しだけのけ反る。






理佐「…遠い」






ベッドと体に挟まれている理佐の左手が、ゆっくり私の頭の後ろに回される。



そのまま軽く力を入れられて、おでこがくっつく。



理佐の顔がちゃんと認識できないくらいに近づいてて、恥ずかしくなる。






理佐「昨日の夜、寂しかった?」


小林「…寂しかったよ」


理佐「私も寂しかった。だから、今日は由依から離れないよ」






そう言った理佐は、私の頭を優しく撫でながらおでこに軽くキスを落とす。



過剰なくらい与えられる理佐からの愛情表現に、どんどん体が熱くなってくる。



そんなことを知らない理佐は『由依暖かいねー』なんて言いながら、また私をしっかり抱き締める。



されるがままにしていたら、いつの間にか私に跨がっている理佐。






小林「り、りさ…?」


理佐「ねぇ、いいよね?」


小林「え、い、今から?だって…まだ、朝だよ?」


理佐「時間なんて関係なくない?」


小林「ちょっ…」






私が止めるのよりも、理佐が動き始める方が早かった。



軽い否定の言葉をあげてはいたけど、たぶん心の中では私も期待していた。



年に一度のバレンタインデー。



チョコよりも随分甘い一日を過ごすことになりそう。













Fin