理佐side




理佐「小林さん、おはよう」

小林「…」





朝の日課、小林さんに挨拶をすること。


入学から1ヶ月、毎日挨拶し続けているけど返事が来た試しはない。





鈴本「おはよう理佐。もう諦めなよ」

織田「たぶん一人でいるのが好きなんだろうね、人と関わりたくなさそうだもん」

理佐「んー、でも誰とも話さないのもしんどくないのかな」

鈴本「話したかったらとっくに誰かと話して、どっかのグループにいるでしょ」

理佐「私が話してみたいのもあるんだよな」

織田「かわいいよねー、私も話したいなー」

理佐「オダナナは何か違うけど」





1年間誰とも話さず過ごすのかな。


表情も全く変えずに、ただ自分の席に座って頬杖をついてる。


オダナナの言うことも一理ある。


顔もスタイルもいいと思うし、何より私は笑った方がかわいいと思う。





鈴本「でも挨拶も返してくれないとなると、話せるようになるのは難しそう」

理佐「うーん、どうしたら…」

織田「あれだよ!!」

鈴本「びっくりした」

理佐「どれ?」

織田「親睦を深めるための横浜遠足!1班4人だから誘おうよ!」





なるほど、その手があるか。


絶対にどこかの班には所属しなきゃいけないわけだから、チャンスかも。


でも了承してくれるか…












理佐「えっ?いいの?」





黙って頷く小林さん。


一緒の班にならないか、と声をかけたらあっさりOK。





織田「えっ!ほんとに!よろしくね!」

鈴本「よろしくー」

理佐「じゃあ小林さん入れた4人で…」

織田「小林さんって堅苦しくない?ニックネームとかない?」

理佐「ちょっと、あんまり急に踏み込んじゃダメだよ…」

鈴本「まぁでもオダナナの言うこともわかる。なんて呼ばれたい?」

小林「…別になんでも

織田「わかった、じゃあゆいぽんね!」

理佐「はぁ?」

鈴本「かわいいね、よろしくゆいぽん!」

小林「…よろしく





いや、ゆいぽんでいいんだ、こういうの嫌がりそうなのに。


私が気を遣いすぎなのかな?





織田「じゃあ、明日の放課後、どこ回るか決めようよ」

鈴本「いいよー」

理佐「私もいいけど…予定大丈夫?」





小林さんの方を見て聞くと、また黙ってこくりと頷いてくれた。


必要以上の会話はしないみたいだ。





織田「おっけー!行きたいところある人は考えといてね!また明日!」


















翌朝、またいつもの朝が始まる。





理佐「おはよう、小林さん」

小林「…おはよう





日課の小林さんへの挨拶。


いつもと違うのは、小さいながらも返事が返ってきたこと。


少しでも前進したことが嬉しい。






一日はあっという間で、気付けば放課後。


オダナナは地図まで持ってきてて、やる気で溢れているのが見てわかる。





鈴本「私遊園地行きたいなぁ」

織田「行こ。遊ぶ時間多めに取ろう」

鈴本「あとは…」





鈴本とオダナナが積極的に決めてくれるから、基本的に受け身で参加している。


それは小林さんも同じで、とりあえず聞いてはいるようだけど口を挟みはしない。





織田「どう?こんな感じで」

理佐「いいと思う。ありがと、いろいろ決めてくれて」

織田「全然!ゆいぽんはどう?」

小林「うん、いいんじゃないかな

鈴本「よし決まり!」













遠足当日、観光地を回りながら食べ歩きをしてのんびり楽しんでいる。


そして一番のイベント、遊園地。


オダナナと鈴本が思いっきりコーヒーカップを回すもんだから、目がぐるぐるする。





鈴本「よし、じゃあ次ジェットコースター行こ!」

織田「よっしゃー、乗りまくるぞー」

小林「…」

理佐「…?」





小林さんが突然静かになった。


今までも特に騒いでるわけじゃなかったけど、明らかに不安そうな顔をして黙ってしまっている。


そこで私の頭に浮かぶ1つの推測。


合ってるのかはわからないけど、なにもしないよりかはいいと思って声に出す。





理佐「あのさ、今日絶叫乗る気分じゃないから2人で乗ってきて?」

織田「えっ、理佐絶叫好きって言ってたじゃん」

理佐「今日はなんとなく?」

鈴本「何で疑問系なの(笑)」

理佐「まあまあ、いいから。小林さんと2人で、その辺で待ってるからさ」





2人を見送って近くのベンチに腰かける。


何を話すでもなく、2人して前を見つめる。





小林「…乗らなくてよかったの?好きなんでしょ?」

理佐「あぁ、まぁいいかなって」

小林「…なんかごめん」

理佐「いや、別に…」

小林「高いところダメなんだよね」

理佐「そうなんだ」

小林「気付いて乗らずに付き合ってくれたんでしょ?ありがとう」

理佐「お礼言われることでもないよ…」





それ以上は会話することなく、ただジェットコースターのレールを眺めて待つ。


近くも遠くもない、クラスメイトとの距離。





織田「あー楽しかった!」

理佐「それはよかった」

鈴本「最後観覧車乗らない?」

理佐「あ…」

小林「いいよ、行こう」

理佐「大丈夫なの?

小林「さすがに2度も断るの申し訳ないから…死ぬわけじゃないから大丈夫





結局4人で歩きながら向かう。


すると騒ぎ始めたのが鈴本。





鈴本「私、オダナナと2人で乗りたい!」

織田「美愉わがまま言わないでよ~」

理佐「2人で乗ってくればいいじゃん」

鈴本「いい?ありがとう理佐!」

小林「じゃあ私たちも2人で乗る?」

理佐「えっ?」

小林「乗らないの?」

理佐「え、いや…じゃあそうしようか」





高いところ苦手って言ってたのに乗るの?


オダナナと鈴本が2人で乗るなら、私たちは待っててもいいのに。


そんな疑問は残っているけど、あっという間に順番が回ってきた。





小林「ふぅー」

理佐「乗らなくてもよかったのに…」

小林「理佐が楽しめないでしょ?」





突然呼ばれた自分の名前に心拍数が上がる。


そういえば名前を呼ばれたことはなかった。





小林「…なんでずっと挨拶してくれたの?」

理佐「えっ?」

小林「私、返事もしなかったのに。ずっと声かけてくれてたじゃん」

理佐「あー、なんとなくかな。話してみたいと思ってたから」

小林「そっか」

理佐「小林さんが…」

小林「あっ」

理佐「えっ、なに?」

小林「ごめん、やっぱり怖い。そっち座っていい?」





話の途中、短く声をあげたと思えばやっぱりそうか。


私はそっと横にスペースを空ける。


揺れないようにそっと移動してくる姿を見て、微笑ましく思う。





小林「私、人見知りでさ。明るくもないし、仲良くなるの苦手で」

理佐「うん」

小林「ずっと挨拶してくれて、いつか返そうと思ってたんだけど、完全にタイミング逃してそのままになっちゃってた」

理佐「そっか、ウザくなかった?」

小林「全然!むしろ嬉しかったし…」





嫌がられてなかったならそれでいいや。


私が勝手にやってたことだし、こうやって今普通に話せてるし。


無駄ではなかったなって思える。





理佐「今日楽しめた?」

小林「うん!すごく!」





あ、笑った顔、やっぱりかわいい。


普段の退屈そうな顔も画になっているけど、笑顔がとても似合う。





理佐「そっちの方がいいよ」

小林「えっ?」

理佐「笑ってる方がいい、その方が…由依はかわいい」

小林「あ、ありがとう…」





私も初めて名前で呼ぶ。


お互い照れて沈黙が生まれる。


でも不思議と気は遣わず居やすい。





小林「あ…のさ、」

理佐「ん?」

小林「手、握ってもいい…?」





彼女を見れば不安そうな顔をしている。


やっぱり怖いのだろう。





理佐「乗らなきゃよかったのに」





そう言って、彼女の手の甲に自分の掌を重ねる。


どちらの手も特に温かくない。


安心してほしくて少し力を込める。





小林「…こうでもしないと言いたいこと言えないと思ったから」





彼女の手の向きが変わる。


掌と掌が触れあう。


さっきより温かい。





理佐「笑っててよ、私たちの前では」

小林「笑う、ねぇ…」

理佐「別に作り笑いしろってことじゃなくて、自然体でいてよ。オダナナも鈴本も、嘘つかないし、いい人だよ」

小林「…頑張る」









織田「もう美愉近すぎ~」

鈴本「楽しかったねオダナナ!」

理佐「よかったね、ご機嫌じゃん」

織田「あれ?ゆいぽんなんか表情が柔らかくなった?」

小林「そう?」

鈴本「確かに、すごくいいよ」

小林「ありがとう」





彼女は微笑みながらお礼を言った。


やっぱり笑ってる方が素敵だ。


まだまだこれから、お互いのことを知ってみんなで笑い合っていたいな。








Fin