小林side


女性専用車両とはいえ、やっぱり朝は身動きできないくらいに混んでる。

学校にはかなり余裕をもって着いてしまう時間の電車に乗っている。

こんなに早い電車に乗る意味はない。

私がこの時間の電車に乗り始めたのは、つい最近のこと。

一目惚れをした。

私よりも少し背が高くて、髪がきれいな茶色に染まった、素敵な女性。

キャパオーバーになるくらいの人が乗り込んできて、意図せず体をぶつけてしまった。

謝罪したときに、気にしないで、と微笑んでくれた笑顔に惚れた。



あっ、この香水の匂い。

ふと顔を上げるとあの人だ。




理佐「あ、おはよう」




私の顔を覚えていたのか、小声でにっこり笑って挨拶をしてくれる。




小林「おはようございます」

理佐「混んでるね」

小林「そうですね、いつものことですけど」

理佐「大丈夫?狭くない?」

小林「大丈夫です。もう慣れたので」




もうちょっとかわいいこと言えよ自分、と思いながらも、会話できたことが嬉しい。



しばらく乗っていると、ある駅に着く。

この駅が鬼門なんだよな…大きな駅だから乗り換えた人が大勢乗り込んでくる。




理佐「おっ、と…」

小林「…っ……」




想定外の事態。

両手で壁ドンされてる…顔が近い!




理佐「ごめんね、ちょっと近いね」

小林「だ、大丈夫です…」




さっきまでの大丈夫が全くあてにならない。

緊張して、全然大丈夫じゃない。

目の前のあなたは、謝りながら少し苦しそうに笑う。

私はその微笑みと距離の近さに顔が熱を持つのを自覚する。




理佐「苦しくない?」

小林「ぜ、全然…大丈夫ですか?」

理佐「んー、腕伸ばしてるのしんどい」

小林「でもここから次の駅まで、ちょっと長いですよ…?」

理佐「うん、頑張る」




…ん、あれ?

目の前しか見てなかったけど、私の周りには少しスペースに余裕がある。

もしかして腕を伸ばすことで、私のためにスペース空けてくれてる…?

単純な頭はすぐに期待する。




小林「…あ、あの」

理佐「ん?」

小林「わ、私は大丈夫なので。腕、無理しないでください」

理佐「でも狭くなっちゃうから…」

小林「大丈夫です。えっと…お姉さんが腕痛めちゃったら嫌なので」

理佐「…そう?じゃあちょっと曲げるね?」

小林「…わっ」




ち、近い…

あなたが肘を曲げたことで顔の距離が一段と近づく。




理佐「ふふっ、近いね」

小林「ち、近いですね…」




どうしよう、私の学校の最寄りまであと2駅あるはず。

持つか、私の心臓。




理佐「…やっぱりちょっと狭くない?今からでも腕伸ばせるよ?」

小林「だ、大丈夫です…」

理佐「ほんとに?だってこれから学校でしょ?」

小林「お、お姉さんも会社行かれるなら同じだと思うので…」

理佐「理佐」

小林「へっ?」

理佐「私の名前、渡邉理佐」

小林「り、理佐さん…」

理佐「うん、これからはそう呼んで?」




持たない。

この調子じゃ私の心臓は次の駅までも持たないくらい、ものすごいスピードで脈打つ。




理佐「お名前は?」

小林「あ、えっと、小林由依です」

理佐「由依ちゃん。いい名前だね」

小林「ありがとうございます…」




渡邉理佐も、すごく素敵な名前だと思う。

だけど今の私にはそれを伝えることさえできないくらい、軽いパニックだ。

一目惚れした相手の顔が目の前にあり、名前を教えてくれ、自分の名前を褒めてくれた。

想像もしなかった現実に戸惑う。




理佐「由依ちゃんは部活してるの?」

小林「あ、いや、高校は帰宅部です」

理佐「そうなんだ、朝早いから朝練でも行ってるのかと思ってた」

小林「あ、えっと…」




あなたに会うためです、と言ったらさすがに引かれるだろうか。

適当な理由が見当たらなくて、会話の流れを止めてしまいそうで。




小林「理佐さんにまた会えたらなって」




勢いに任せて本当のことを言う。

さっきよりも顔が熱い。

少し目線を上げると、驚いた顔をしている理佐さん。

やばい、気持ち悪がられたかな…





理佐「私も由依ちゃんに会いたかったから、嬉しい」





期待していなかった返事が聞こえた。

これは理佐さんへの想いが聞かせた幻聴?




理佐「あ、次の駅、由依ちゃん降りる駅じゃない?」

小林「えっ、あっ」




長いと思っていた2駅が過去一で短かった。

もっと話していたかった。




理佐「もっと話してたかったね」




理佐さんも同じ気持ちでいてくれたことに、心のなかでガッツポーズをする。




小林「また明日も会えますか…?」

理佐「もちろん、同じ電車に乗る」




わずかな期待を込めた質問に、期待する答えを返してくれた。




小林「でも、電車混んでるから…」




恋人でもなんでもないのに、少しでも彼女から嫌われていないことを確かめたくて、言葉を求める。




理佐「由依ちゃんのところまで迎えに行く」

小林「…っ……、待ってます」




これ以上ない言葉をもらった。

それに対する、気の利かない返事。

でも理佐さんはニコッと笑ってくれた。




理佐「いってらっしゃい」

小林「…いってきます」




満員電車が縮めてくれた距離。

明日はまた少し、近づけたらいいな。








Fin