久しぶりの大雪、朝起きたら一面真っ白。
夫の会社は仕事着着用なのだが、そのズボンの裾上げを頼まれた。
3着もあるし、お店に出して裾上げしてもらったらどうだろうかと提案してみた。
夫の返事は、手縫いでいいと、言ってきた。
手縫いでいいとは、お店のクオリティは必要ないから、手縫いでいいってことなのか?お店に出さなければ経済的ではある。
世の中の心の広き奥様方は、ためらいもなく夫の裾上げを引き受けるのだろう、と私もそんな妻であるかのように振る舞い、言いたい言葉はぐっと飲み込んだ。
夫の足がもっと長ければ、裾上げなんて必要ないのにと腹立たしい気持ちも湧いてきたが、11cmも上げてくれと言うから、数cmなんて微妙な長さよりは、清い長さだと思うことにした。
なにかと裁縫は女仕事だと思い込んでいる昭和の男よ、ズボンの裾上げを手縫いでやってみたまえと言ってやりたい。
夫は、連日の長時間残業サービス、休日出勤もなかったことになっているし、ブラック中のブラック気質な組織。それなのに、本人は仕事には満足してると言うから、私としては複雑な気持ちである。
夫として父としての時間はあまり期待できないが、夫は仕事に満足して、日々充実しているように思える。
仕事にやりがいを感じ、文句も不満も言わない夫、きっと周りもそんな同じような人たちだから、ブラックもそこまでブラックだとは気づいていないのかもしれない。
たかがすそ上げ、されどすそ上げ、一本仕上げるのに1時間もかかってしまった。
家事とは雑用で、やりがいもなければ、むくいもない。
しかしそんな時でも、やりがいのあるものにしていくかどうかは自分次第なのだと思う。私はそこが足りないのだ。どうかもっと心が優しくなれますように。