ツイン・ウェーブ   1.出会いはバレンタインデーの次の日(6) | I am say'S'

I am say'S'

「香り」をテーマにいろんなエッセイと小説を掲載します


          1.出会いはバレンタインデーの次の日(6)


ユリはグラスを何回か回して、ウィスキーを空気になじませている。
そして香りをかいで一口、口にするや、言葉をなくしてしまった。
そう、また遥かかなたを見ているようだ。
「なんていうか、味も香りもちょっと優しいけど
 それでいて潮の香り、土の香りが混じり合って複雑で、
 冬の港町での初めての出会いのようね。」
ユリのセリフはとても個性的でもあり、それでいて、いいたいことがはっきり伝わってくる。
僕がこんな香り、とかこんな味という表現をするのが稚拙に思えてくる。
僕は少しずつユリに魅かれてきているのかもしれない。
その時は考えもしなかったけれど・・・。

時はゆっくりでもとどまることはない。
その間、ユリは1口1口を大切そうに味わいつつも僕との会話を続けてくれた。
話題はレオナルド・ダ・ビンチのこと。
「えっ、好きなの?」
「はい、私。もともと古代ローマからずっとイタリアが好きなんです。
 その中でもルネサンス以降はレオナルドが一番かな」
「じゃあ、今度彼の伝記のDVD、貸したげるよ。僕が学生の頃、NHKで放映された
 昔の映像だけどね。」
気がつけば1杯目が空いている。

「次もアイラ系がいいの?」
「今度は違うものにしてみたいわ。何かお勧めしてくれる?」
僕はちょっと考えて、グレンファークラスの1968を選んだ。 

ファークラスは本国で人気のスペイサイドモルトで、しっかりした味を持っている。
アイラとは対極にあたり、ピーティというよりは青りんごのようなフルーティな香りが
シェリー樽の香りと交じり合ってなんともいえない華やかさがある。それを口にしたユリは、
「うん、全く違ったよさがあるわね。花のような香りがすごいわね。」 

実はこれは僕が最後に進めようと思っている最後の1杯の伏線でもある。
これ1杯でもかなりいいものだけど、それを伏線とするのは、やはり
アードベック・プロヴェナンス1974しかない。
僕からみてアイラのとっておきの1杯である。

あとで冷静に考えてみると、成り行きとはいえ、初対面のユリに
僕の最も思い出深いこの1杯をふるまうことになってしまった。
まるで運命にあやつられるように。
「とても複雑な香りがします。何ていったらいいのか、言葉になりません。」
言葉にならない・・・
ユリのこの一言が僕の今日の締めくくりでもあった。
僕はユリにこの1杯をすすめて心からよかったと思った。

気がつけば12時を回っている。僕たちは会計を済ませ、急ぎ足で新橋駅に向かった。

帰り道、今日は存在がほとんどなかったタケが僕に素晴しいプレゼントをくれた。
「ユリさんからメルアド、ゲットしました。送ります。」
恋愛経験が豊富な?タケはもう気がついていた。
ユリが僕の運命の人になりかけていることを。
そして僕にはチナミよりもユリのほうがずっと似合っているということを。



I  am  say’S’



   にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村