先週の土曜日、試験がおわったー!
内容も終わった!
確実に勉強不足でした。
教養はできた方だよ?
でも、面接がダメだった。
面接内容は卒論について。
こんな卒論の内容重視の面接だって知らなかったし、
とりかかり始めたばっかりだったから
まともに答えられなかった。
小さい頃、本を読むのが好きだった。
幼稚園入る前はお母さんが
寝る前に毎日絵本読んでくれた。
だからお前は国語が好きなんだぞ
ってお父さんがいつも言ってくるw
自分が国語苦手なのは、
本を読んでもらえなかったからだって
言う父は、子どもが生まれたら
専業主婦になっていつも家にいて
子どもが寂しくないようにして。
そして毎日本を読んであげて。
ってお母さんにお願いしてたんだってさ。
そのおかげで?
あたしは本を読むのが好きだった。
でも感想文を出されるようになった
小学校あたりから、自ら本を読むのが嫌になった。
なんか感想文コンテストとかで
毎回優秀賞とる子とかいなかった?
その人の感想文読むたびに、
こんな風にうまく書かなきゃって
負けず嫌いの幼少さゆりは思うわけ。
それが、本を読んでる最中にも
感想文のことを考えて読むように
なるから、特にその本が面白くなく感じてしまう。
本が好きって、
内容が面白いって思うからで、
真剣にのめりこむほど
読んだ後心に響くわけで。
その辺りから、没頭して読むことが少なくなったなー。
ヘレンケラーの自伝とか
なぞに大好きだったのを思い出した!
再読とかあんまり好きじゃないけど、
その本は3回以上読んだもんね。
小学生のころだけどさ^^
それから没頭して読む本は
恋愛小説が多くなった!
だって感情移入しやすいし★笑
大学生になって、
日本近現代文学研究のゼミに入って
いろんな本を読むようになった。
卒論はやっぱり恋愛小説。
そのせいで、恋愛小説も没頭できなくなったよね!
先生が言うには、
文章は批判的に見ないと何も始まらない。
だから、今の自分の読み方は
正しいんだろうけど、
文章をそのまますんなり受け入れて
読めなくなったことが
とても悲しいのです。
例えば、展開のシーンで、
「すごく、すごくきれいなつきだった。」
という一文が出てきたら、
景色が未来への明るさを表現させてるんだな、とか
すごくが重複してるとこがポイントだな、とか
なんでつきが漢字じゃなんいだ、作者の意図はなんだ、とか
いろいろ考えてしまうわけ。
小説じゃなくたって、評論を読んだ時でさえ、
ここの文章や指示語は、テストのいい問題になりそうだな、
とか先生になった目線で引っかかってしまうんです。
一冊の本を読むのに余計なことを考えすぎる。
でも考えないと、文章が書けない。
でもでも本に没頭できた幼い頃が本当に懐かしい。
っていうわだかまりを書きたくて
こんなに長い文章になる私。w
尊敬して大好きなゼミの先生に、
「お前は文章のセンスとひらめきは抜群なんだから、
たくさん本を読んで、下地をつけないと
納得させられる文章は書けないぞ。
でも、本当にセンスがあるんだから。」
と言われる一言が嬉しくて頑張らなきゃって思う。
たくさん本を読むことが教養につながるし、
人生にぷらすである。
だからもっともっと勉強しないと。
90%の確率で静岡の試験はだめだろう。
山形の試験はこんなミスはしない。
でも、静岡離れるって考えただけで
すぐに泣ける。w
離れたくない人がいっぱいいるよ。
そのせいで最近落ち込んだ顔してる。
残り半年なんだから、笑って過ごさなきゃ。
いっぱい勉強して、遊んで、バイトする!!!
山形行っても、二年後には静岡帰ってきたい。
その時もみんな仲良くしてね(;;)