相も変わらず世界の国々の代表者
(とも思ってないが)
として厚顔にふるまう人たちは、
殺し合いに忙しい。
宗教が人々の平穏を守るものではなくなって久しい。
人々の生きる上での倫理や精神的な拠り所として機能する事が出来ず、
長く諍いの種となり続けてきてしまっている。
今や信仰心とは、同じ信仰を持つ者同士の結束を固くし、
それ以外の人については無関心どころか、
存在そのものを亡くす方向に向かわせる狂信的な心の在り様となってしまっている。
アメリカとイスラエルが繰り返し起こす戦争
ユダヤ教原理主義者の一部がグレーターイスラエル運動(大イスラエル)を謳う旧約聖書の文言を現世に持ち込み、狂人ネタニヤフを担いでシオニスト運動へと変容させた。
その運動の大きな支持勢力として
遠く離れているはずのアメリカの福音派というキリスト教原理主義者らが加わる。
この福音派はアメリカ人の2割が信仰しているそうで、相当数の信者数を誇り、政治にも大きな影響力があるそうだ。
福音派は、イエス・キリストの復活を信じ待ち望んでおり、その復活に必要となるとされる
終末=ハルマゲドン的なイベントを待っている。
世界が滅ぶとき、キリストが再降臨し、
世界の人々を助ける人と地獄に落とす人とに分ける
という、イスラームにも存在する天国と地獄的な布教の中に忍ばせる脅しの一つ。
そのイエス・キリスト復活に欠かせない事柄のもう一つが、ユダヤ人の一部がカルト的に信じる神から与えられた約束の地であるカナンの地を取り戻し、そこにかつてあったユダヤ教の信仰のシンボルを設ける事を揚げている。
ヒンドゥーにも世界が闇の勢力(カリユガ)で染まり切った時に、ヴィシュヌのアヴァターの一つであるカルキという神が舞い降り、世にダルマを齎すという神話がある。
インドの聖者の多くは、
闇=終末論=核戦争やハルマゲドン
ではなく、思いやりや助け合いを失った人々の心の在り様をカリユガ(暗黒の世界)として捉える。
今が当にカリユガとする聖者と、
カリユガは抜けたとする聖者とがいる。
現在、繰り広げられている戦争という名の殺戮が、
エネルギー独占なのか土地独占なのか、
はたまた宗教戦争なのか
それともその三つ巴なのかは時の権力者によっても違うのだろう。
ただ、イスラエルのネタニヤフとアメリカのトランプが、
このユダヤ旧約聖書原理主義者と福音派という原理主義者の信仰心を利用して、みずからの野心を達成させようとしている事は明らかに見える。
この一部の人間の判断により殺されゆく人たち。
その殺戮を正当化するトランプとイスラエルに媚び続ける
日本の舵取りをする自民党の政治家。
そこに税金払わされいる私たち・・・・![]()
間接的に殺戮に加担させられている。
これから先、どうなってゆくのか・・・・
日本の子どもたちにとって
世界の子どもたちにとって平穏な暮らしが続く未来に繋がる選択をして欲しいし、
自分も感情や偏った信仰心に惑わされないように気を付けたい。
原理主義は人を殺す
信仰は人を護りもするが、
時に、狡猾な人間に利用されるし、
行き過ぎた信念による殺人を正当化もする。
全ては縁起で諸行無常
マーヤに包まれた泡沫のまぼろしの中で右往左往する愚かな私たち。
