”あれから17年経ちました。(エピソード6 裁判編その1)” | 軽快ママsawasawaの楽々に生きる❗

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未婚でママになった経緯そして裁判等の経験談も少しずつお伝えしていきます。
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軽快ママsawasawaです。

1人で産んで育てると覚悟を決めた7月1日は17年目になりました。



今回は裁判についてお伝えしたいと思います。

息子が産まれる前に住んでいた川崎市で勤め先の方が紹介してくださり、弁護士さんのところへてんびん座

そこで、婚約破棄の話を進めようとしましたがその時点で福岡市への転居が決まっていたので、相談してアドバイスをもらうに留まりました。

福岡市に移住して、市の当番弁護士のところへ。
このとき、妊娠6ヶ月。

いろいろ相談したところ弁護士さんが次から次に案件となる項目を提示してくださいましたニコニコなんと後から知ったのですが、ただの当番弁護士ではありませんでしたかなりの敏腕❗弁護士会のなかでもトップグラスの弁護士さんでした。本当にご縁に感謝です。

裁判の項目はコチラ
①婚約破棄
②認知
③養育費
④物損(車)
⑤名誉毀損

ひょ〜〜〜びっくり

こんなにいっぱい😅

ついこの間まで一緒にいた彼だし、産まれてくる子どものパパなのにまさか訴える日が来るなんて想像してなかったショボーン

でも弁護士のヒトコトで私の心に火がつきました。
『すべては産まれてくるお子さんとこれから1人で頑張っていくママの為ですよ。これ以上、お子さんに背負わさせなくていいように経済面だけでもしっかり取り決めをしましょう』

もう号泣えーん

前に進むしかない。
産まれてくる子どものために💨💨💨
婚約破棄はともかく、認知してもらい養育費だけは必ずもらうと心をくくりました。

この日からまずは裁判に必要な書類の準備を始めました。引っ越す前に弁護士さんからアドバイスを頂いていたので、必要と思われるものは引っ越し荷物に全て詰め込んできました。

日記やら結婚式場の仮予約表、指輪を見に行ったお店の受付表等、普通なら捨ててしまいそうなもの全てが証拠書類になりました。

今の時代だったら間違いなく断捨離ですぐに捨ててたなぁ。

今回の経緯を手書きで何枚ものレポート用紙にまとめました。その枚数、ざっと50枚キョロキョロ卒論でもそんなに書かなかったのに〜。妊婦なのに徹夜しかける位に集中して1週間位で最初の経緯書類を仕上げ弁護士さんに提出。

結構、詳細に書いたのに更に更につっこんでくる弁護士さんからの添削。まるで赤ペン先生みたいでした。

まだ婚約破棄の書類だけなのに〜こんなに大変だとは思っていなかった。認知と養育費は子どもが産まれてからでないと裁判が出来ないとのことでまずは作成できる資料からつくってもらうことに。

ここは産婦人科でもらったエコー写真や領収書、母子手帳しかその時点での証拠書類はなくしばらく保留。


物損は私の車を彼が運転した時に壁にぶつけたらしく、左前方に凹みと傷がついたと言ったまぁ、自損事故。簡単に処理は出来るが、問いただすまで言わなかったと言うことで一応、裁判にぐすんまぁ、私が新車で買った唯一の愛車でしたので当然ですね💦

名誉毀損は私の職であった幼稚園教諭に対する侮辱的発言や他に男がいたのではないかというありもしない二股疑惑をかけてきたことに対してでした。
あまりにひどい発言でしたが、怒りは出ませんでしたし、彼が嫌いにはなれなかったのはやはり子どもがお腹にいたからかもしれません😌弁護士さんも私があまりにも淡々と証言するのでびっくりしていました。

裁判はまだまだ続きます。

続きはエピソード7裁判編その2で。