都内一等地で労働していた爽やかOLのブログ

都内一等地で労働していた爽やかOLのブログ

月~金の週5日間、OLコスプレを愉しんでおりました。

Amebaでブログを始めよう!
読者のみんなー、元気ー?! (シーン)
10ヶ月ぶりのブログだよー! アリーナー! (シーーン…)

口下手が過ぎ、「ここ数日誰ともまともに会話をしていないのでブログでリハビリをしてみよう」という思想こそが、真の引き篭りであろうことを ここに宣言する。

というわけで、ペニオク事件後にさりげなく復帰している熊田曜子さんみたいに、少しずつ少しずつ、さりげなく再開してみます。熊田さん、一緒にガンバロウッ!
腹が痛い。
腹っていうか胃が。
胃が壊滅的な状態になっていると思う。見えないけどなんとなくわかるよ。

2013年の元旦。私はミャンマーのヤンゴンの路上でゲロを吐いていた。
初の海外年越しだったが、売れっ子芸能人並みの過酷なけつかっちんスケジュールと脂多めの料理に年末の疲労が重なれば、もともと弱い私の胃腸に負担がかかるのは至極自然である。
酷使された胃腸が逆ギレの上 反旗を翻し、胃から食道を通り、口内を経て私に訴えてくるのも当然であろうと思う。
大変申し訳ございませんでした。

第2制作部の部長が、プロジェクトリーダーはAに任せておけばなんとかなるだろうと思ってなんでもかんでもやらせてしまい、なんとか持ちこたえていた負担という名の表面張力に耐えきれなくなったAがついに会社辞めると言い出すみたいな、そんな感じで、何事もやり過ぎは良くないなと思った。
自転車で近所を走っていたら3、4歳の幼児が無表情で手を振ってきたのでこちらも無表情で手を振り替えし、そのまま通過した。後ろの方で「パパ!おねえさんが手、振ってくれた!!」って言っていて、うれしかった。

「おばさん」じゃなくて、うれしかった。
疲れた。今日もどら焼きを食べる。
今日のやつは、甘みが控えめでなかなか。
否、控えめにされた甘み。
甘みは彼に控えめにされました。英文だとそうなる。




私は会社に疲れさせられました。
なんとなしに入った某チェーン喫茶店で飲料をオーダーし着席。
腹が減ったのうじいさんや・そうだねばあさんや、の如く近所のどら焼き屋で買った和菓子を鞄から出して食べた私。相当なおばさん化が否めない。注意、恐るるに足らず。
さきほど、久々の投稿にやや強めに力を入れてしまったようです。
長過ぎる文って、結構読む気失せますね。げっそり。
少々怖じ気づきながら久々に自分が書いた過去のブログを読み返してみました。
過去の自分って超恥ずかしくないですか。
怖々見てみたのですが、思っていたよりは恥ずかしいことを書いてなくて、そこそこにクスッとするような書き方をしてたりして、まあ悪くないじゃないか、君 と思いました。

2010年07月15日の「誌」という当ブログにもございますが、外見と内面に意外な標高差があると結構な驚嘆となります。
先日の弊駅(使用方法が異なっておりますがノリが大半ですのでご容赦ください)での出来事をひとつ。
階段登ンのがかったるくてエレベーターでズルしようとしたところ、豹が見たら卒倒しそうな柄物に身を包んだパンクロッカーBOYとヨボったババアが先に並んで居り、私の先に乗り込みました。BOYはエレベーターの操作ボタン側に乗り込み、私の前にいたババアがBOYの後に乗り込みましたが、BOYがエレベータのボタンに手をかけたので「ヤベぇ!閉め出し喰らう!」と思い半ばババアを私の平らな胸で押し込む形で乗り込みますと、BOYは「開」ボタンを押してくれていたのでした。
おー、ごめん…BOYとババア。

うーん とエレベーターが唸って1Fへ私たちをいざない、地上へ無事なる生還です。
新時代のわんぱく・トリオは世間に発表する間もなく流れ解散と相成りました。
私は一目散にBOYが出て行くだろーなと思い、少し左によけ、BOY出後(でご)の私出(しで)、ババアは出る時は早いけど出た後モタつくから最後だよ!とイメージしました。
しかしどうでしょう!BOYはひたすらに「開」ボタンを押し続けているのです!
人差し指が痒い訳でもなさそうです。
人差し指についた鼻糞(びふん)をなびっている訳でもありません。
そこにあるのは紛れもなく20世紀に置き忘れられた「思いやり」という現代のアンモナイトだったのです。

伊藤リオンに見せてやりたい!
これこそが意外性だよと!
貴方はそのまんま過ぎるんだよと!
(あんま言うとなんかこわいのでやめときます)

BOYに「ありがとうございます」と礼を言い、私に続いて何も気にしないババアが出、BOYが最後にエレベーターを後にしました。
自分がまだ人の見た目についてガチガチな固定観念持ってンなーっていうことと、昔不良だった奴がいま熱血高校教師やってるみたいな意外性がスパイスになって高評価、って感じに類似しているなコレ、とぼんやり思いました。自責の念。
会社の人と飲むと、私が独り身である事を前提に話が進められる。何ですか、その固定観念。
もう数年経つと、その話も避けられるようになるのだと思うと、「まだされるうちが華ということにしておくべきなのだろう」というところに着地する。

まあ、着地して、けっこう長いですけど。
様々な事に対する興味だとか注意力というか、そういうもんが安い居酒屋のウーロンハイみたいに薄い。すげえ薄くなったよ。

3、4、5年くらい前に(すでに曖昧)、近所に気のいいおっさんがやってる飲み屋があって、たまーに行っていた。
そもそもそこは近所の知人・Aさんに教えてもらったのだが、時ほどなくAさんは遠方へ引っ越したため、一緒に行った事はなかった。

だがしかしAさんとは年に1回程飲む事があるので、「じゃああの飲み屋に行ってみよー」と向かった所、店のおっさんはトンズラしていた。
その飲み屋はクリーニング屋さんになっていた。

Aさんは仕方ないにしても。
私は今もこの町に住んでいるし、このクリーニング屋さんの前も幾度と通ったはず。。。

見てるつもりでいるけれど、本当に「つもり」なんだなーとしみじみ思った。
我が脳ながらやれやれであります!

私の住む町は店の入れ替わりがISSAのジョーカノみたいに激しい。
ペアヌードという凄まじいアイテムを投入したばかりに「羽賀研二とアンナは5年しか交際していなかった」という事実が意外すぎるが如く、「あの店はいつまでもあそこにあるやろ」という思い込みインパクトに揚げ足をとられることになるのかなーと思う。ちょっと違うな。うん、だいぶ違う。

要は何を重要事項と捉えるかということだけど、「大事なものって基本目に見えないものやろ」と思ってるとだいたい当たっている。
私はいつから「だいたいな感じ」の人になったんだろうか。
だいたい5年くらい前かなー。
でもこれでけっこうまわるもんだね、社会は。

齢をとると想像力がつくので(経験も手伝って)、効率的に物事をすすめられる反面好奇心が極端に減ったりするなあ、と3年くらい前からぼんやり思っていましたが今年あたりに新たな境地を迎えました。
急な予想外の出来事に軽く(だいぶ)心臓がばくばくなります。
いきなり大音量で音楽が流れたり、まさかの画を見てしまったり。

そのときはヒーですけど、落ち着けばまだ私にもそんな愛いとこもあるもんなのだな、ということで落ち着きそうです。
子供は日々驚きばっかで楽しそうですなあ。
やはり、やったことないことをやってみるっていいことなんだろうなあ。
脳みそをマンネリ化させないっていうか。