昨日という、もう既に過ぎ去ってしまった一日は、すべてが中途半端で、満足のいかない終わり方をした。
昨日のスケジュールの三分の一が模試で、頭の悪い僕には、考えてもわかるわけのない数式や英文が、僕から「考える」という行為への意欲を失わさせた。
そのため、書くための道具であるペンは、その役目を果たせないままそこに存在し、僕は浅い眠りに誘われるがまま目を瞑った。
いつもそうなのだが、目が覚めるのは終了7分前くらいという微妙な時間で、またその7分間が苦痛で、変な罪悪感や将来への不安しか生み出さない、真っ白な答案用紙を眺めるだけなのだ。
こんな風に、昨日の三分の一の時間を中途半端に無駄に過ごしたのだ。
浮かない気持ちで帰り道を歩いてると、偶然友達と歩いているガールフレンドと会った。
向こうもこっちに気づいたようだった。
しかし声をかけたわけでも、かけられたわけでもなく、ただお互いまったくロマンティックな意味を持たない「見つめ合う」という行為をして、なぜか彼女たちは走っていってしまった。
僕は意味がわからず一瞬そこに立ち尽くしたが、彼女のそんな奇妙な行動の原因などかんがえる気力もなく、また同じ足取りで駅まで向かった。
もしかしたら、奇妙な行動を起こしたあの瞬間から、彼女の気持ちは僕からどこか遠く離れてしまったのではないかと今になって考えたが、まあ別にそれならそれでもいいという感じだ。
もともと彼女は遠くにいた存在の人間であるし、こちらから近づいてみても、彼女の瞳の奥の深さに戸惑うだけだ。
恋人関係になってわかったことといえば、これ以上は近づけないということだ。
こんな風に、また中途半端に彼女との一日が終わった。
家にかえってコタツで寝た。
時刻は7時だった。
目が覚めたのはその5時間後の深夜2時だった。
知らない間に一日が終わっていて、昨日と呼ばれる時間になってしまった。
そんな中途半端で満足のいかない終わりを迎えた昨日。
なんだか、いろんなことが昨日を境に終わりを迎えたようだ。
グッド・バイ。
だれも触れない~ふたりだけの国~♪って曲あったよね?
たしか、スピッツのロビンソンとかいう曲だったと記憶している。
この曲をはじめて聴いたのが中学生の時で、当時から有名な曲だったらしい。
特に感想はもたなかった。こーゆう曲があるんだーぐらいの感覚だった。
しかし高校にあがると、サビの部分の「ふたりだけの国」という現象を電車の中とかで目撃する機会があり、なるほどなとその曲の意味がなんとなく理解できた気がした。
金髪の傷んだ髪を伸ばした男女のカップルが人目をはばからず抱き合う姿や、ブサイクなモサこいた学生カップルが無責任な愛の言葉とか吐いてる姿が「ふたりだけの国」というものだと認識した。
だれも触れないというよりかは、だれも触りたくない世界が、このグローバルな世界にそぐわない「ふたりだけの国」だと。
だから、そんな言ってしまえば痛々しいカップルをみると、僕の頭の中でロビンソンの唯一記憶しているサビの部分だけがリフレインするのだ。
だれも触れない~ふたりだけの国~う~らら~♪♪
月日も経ち、そんな偏屈なことを考えながらも、僕の周りの環境に異性が近づいてくるようになり、「ふたりだけの国」というものを感じないわけにはいかない状況になった。
適当で無責任な言葉や甘いKissなんかして、「ふたりだけの国」というものを建国していくわけだ。
そんないい感じの関係になりはじめたとき、またあの曲の、あのサビがリフレインするわけだ。
僕が痛々しいカップルを蔑視しているときに勝手に流れるあの曲。
そう、今までは蔑視する側として聴いていたロビンソンが、蔑視される側として聴いているわけだ。
勝手に頭のなかを流れるロビンソンを聴いた僕は冷静になり、「ふたりだけの国」ができそうになる寸前にぶっ壊すことができ、なんとか痛々しく思われずにすむのだのだ。
ただ女の子からはいつも言われる。
「ふたりになると、なんかつまらないね」って。
「いつも、そうやって格好つけて、自分を守るのね」って。
恋ってのは、その「ふたりだけの国」ってのを楽しむものらしいんだ。
でも僕にはそれができない。
ロビンソンがいつも邪魔をするから。
ロビンソンがいつもどこかでみてるから。
そしてロビンソンが流れるから。
グッド・バイ。
たしか、スピッツのロビンソンとかいう曲だったと記憶している。
この曲をはじめて聴いたのが中学生の時で、当時から有名な曲だったらしい。
特に感想はもたなかった。こーゆう曲があるんだーぐらいの感覚だった。
しかし高校にあがると、サビの部分の「ふたりだけの国」という現象を電車の中とかで目撃する機会があり、なるほどなとその曲の意味がなんとなく理解できた気がした。
金髪の傷んだ髪を伸ばした男女のカップルが人目をはばからず抱き合う姿や、ブサイクなモサこいた学生カップルが無責任な愛の言葉とか吐いてる姿が「ふたりだけの国」というものだと認識した。
だれも触れないというよりかは、だれも触りたくない世界が、このグローバルな世界にそぐわない「ふたりだけの国」だと。
だから、そんな言ってしまえば痛々しいカップルをみると、僕の頭の中でロビンソンの唯一記憶しているサビの部分だけがリフレインするのだ。
だれも触れない~ふたりだけの国~う~らら~♪♪
月日も経ち、そんな偏屈なことを考えながらも、僕の周りの環境に異性が近づいてくるようになり、「ふたりだけの国」というものを感じないわけにはいかない状況になった。
適当で無責任な言葉や甘いKissなんかして、「ふたりだけの国」というものを建国していくわけだ。
そんないい感じの関係になりはじめたとき、またあの曲の、あのサビがリフレインするわけだ。
僕が痛々しいカップルを蔑視しているときに勝手に流れるあの曲。
そう、今までは蔑視する側として聴いていたロビンソンが、蔑視される側として聴いているわけだ。
勝手に頭のなかを流れるロビンソンを聴いた僕は冷静になり、「ふたりだけの国」ができそうになる寸前にぶっ壊すことができ、なんとか痛々しく思われずにすむのだのだ。
ただ女の子からはいつも言われる。
「ふたりになると、なんかつまらないね」って。
「いつも、そうやって格好つけて、自分を守るのね」って。
恋ってのは、その「ふたりだけの国」ってのを楽しむものらしいんだ。
でも僕にはそれができない。
ロビンソンがいつも邪魔をするから。
ロビンソンがいつもどこかでみてるから。
そしてロビンソンが流れるから。
グッド・バイ。
ブログをはじめようと思う。
もちろん誰も僕のブログなどみてないということを承知の上で、世間に発信してる風に、誰かに読んでもらってる風にブログを書いていきたいと思う。
誰も読んでいないことはわかっている。
しかし、これはブログだ。誰かに読んでもらうために存在しているわけであるし、そんなことに逆らってもどうしようもないことだから、いわゆる普通のブログのように他人に発信してる風にブログを書くのだ。
僕は誰も読んでないにも関わらず、誰かが読んでいると勘違いして、誰かのためにブログを書くのが恥ずかしいし、そんな風に思われても困るので、はじめに誰も読んでいないことを前提として提示しているのだ。
こんな面倒くさいことをなぜするかというと、単純に暇だからだ。
世間の人が面倒だからと排除するものを、時間を潰すという目的で行うのだ。
なんとも甲斐性のない人生だ。
そろそろ書くのも面倒くさくなってきたから、今日の分のブログを閉めようと思う。
グッド・バイ。
