行ってきました関が原! | 親ばか応援団剣道日記

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先週 長篠城址を見にって、歴男ではないんですが、
歴史探求の芽が吹いた。
午前中 仕事を片付けてしまい。
お昼前に イキナリ出発
彦根の佐和山城址にしようかと思ったが、時間がない。
岐阜の関が原だと2時間はかからない。
お昼の2時前に到着!
歴史資料館に行ったら、駐車場も混んでる。
先週の長篠と同じで、結構 人がいます。
とってもわかりやすい観光ルートマップを貰って、
大谷刑部吉継の碑へ向かう。
あの裏切りで有名な小早川秀秋が陣取った松尾山に対して位置する
小高い山の中に、お墓はあった。
麓から15分ぐらいは登るでしょうか、ここは人がいない。
行き帰りに4人ほどとすれ違った。
お墓には、新しいお花が供えてあり、今も訪れる人があります。
初めて知りましたが、大谷刑部を介錯した家来 湯浅五助の墓も寄り添うように建てられております。
このお墓を建てたのは、関が原の戦で死闘を演じた敵方である藤堂家だそうです。
またこの関が原の闘いで東軍に寝返った5人の武将のうち、
戦功労賞は2人のみ。
4人までが、戦後まもなく死亡 お家没収という憂き目にあっております。
また戦地で切腹した武将は、大谷刑部 ひとりだけ。
他の武将は皆 逃げた。
また、関が原観光ルートで人気があるのは、石田三成の陣屋だそうです。
かの司馬遼太郎も「今ほどの人気があったなら、天下分け目の戦いの結果も
わからなかった。」と・・・

大河ドラマではありませんが、日本人の心の奥底には「義」が存在するのでしょう。
「義」は勝って欲しいと・・・

お墓を撮るのは気がひけたので、石田三成陣屋跡の写真をアップ

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