最近、ハンドパンの音色ばかり聴いていたら、
ふと街のノイズの多さと、大きさに気づいた。
私達は、普段、こんなにも音の洪水の中で生きているんだな。
コロナ以前の世界だったら、もっと溢れていたんだろう。
あまりにも、あたりまえで身近にあるがゆえに、気づかなかったけど、
気づかないレベルで影響をうけてるってこともあるよね。
どこに行ったってノイズはあるし、ノイズもあっていいけれど、
だとしたら、その中で息をして、毎日、生きてるのがやっとだよって人がいてもいいよね。
街は、様々な価値をつけたがるけど、その中で「生きてる」ってこと自体、
もうそれだけで、充分、価値があることかもしれないね。
素晴らしいことなのかもしれないね。
生きてるだけで充分。じきに世界は、また多様な姿を現して、少しづつ移り行く。
それまでさぁ、無駄に焦らず、ゆっくりいこうよ。
なんてことを思って、息を大きく吸ってみる。
どこにいても、どんな景色も、味わって、
なにがあっても、なくても、今、ここで、じっくり味わって
自分の身体が刻むリズムに耳を澄ます。
なにより、うるさいノイズは、時に内側から溢れてくることもある。
そんな自分自身のリズムを、人知れず、静かに、秘かに、調律してる。
それが、今のわたしや、あなたなのだとしたら
今、どんな状況で、今、どんな心境で、
今、どんな表情をしてたとしても
調律してるというところで、繋がってる。
気づかないレベルで内側を。
細胞のひとつひとつを。
気づかないレベルで、自分の刻むリズムを。
ノイズにさらされながらも、生きる人々の様々な姿は
様々だけれど、そこに等しく、美しさが宿っているのかもしれない。
複雑な人には、単純な人の素直で純粋な光が
単純な人には、複雑な人の深淵で、孤高な光が
とても眩しく見える。
眩しいからって、闘ったり、抗ったり、目を閉じたりしないで
行きかう光の交差点の、交じり合うポイントで、それぞれの光を溶け合わせ
垂直に宇宙へと、まっすぐ延びる光を放てたらいいな。
そのために、自分自身の刻むリズムを調律をする。
宇宙に繋がる準備期間。
ノイズにさらされながら生きる私達の
魂の音色のオーケストラを、宇宙は聴きたがってるのかもしれない。
地球は、今、どんな音がするのだろうか。




