カイト・フライハイ
鏡餅(当然パック物)を開いて丸餅5個を
取り出し、ぜんざい作って食った。
ちなみに餡子はこの日に買ってから割と
余っていた草ダンゴのソレを流用。
ダンゴと餡子が別パーツ(?)として
入れられていたのが、この時役立つ。
それはともかく↓今年一発目のお題。
ブログネタ:なつかしの正月遊び、何が好きだった? 参加中元日に帝釈天に行き、CXの生放送カメラに
向かってピースサインを出して
全国ネットに映る…なんて遊びはいたしません。
そのうち3局ほどで毎週のように自分の絵が
映っていると、有難くも何ともない。
色々あるだろうけど『正月の家族麻雀』てのは
まぁ何かと大変だったりしたわ。
『家ルール』でやるから、せっかく大車輪(役満)
組んでもタダのチンイツにされたりして。
…でもコレ、別に正月限定の遊びじゃないよな(笑)。
という事になると、やはり凧揚げになるか。
和凧も洋凧(カイト)も両方やっていたけど
…という所で思い出した。
去年の夏過ぎあたりから復活してるなコレ。
♪とべ~とべ~ 天までと~べぇ~
フゥ~~~う~~~~~
この頃のガキ共には「ヒューストン(=宇宙)」や
「科学」なんて単語は充分コロシ文句として
効いただろうなぁ。
さすがは『何でも遊びにする国』の商品だわ。
ただ、ガキの頃の俺らの周りでは
コレも正月に限った遊びではなかったな。
何故か周りに『自作野郎』が随分といて
みんなで凧を自作する…という感じで。
そりゃ玩具屋とかで500~600円ほど
出せば、数分で組んですぐ上げられるだろうけど
こちろら他に小遣いの使い道もあったので
そんなのホイホイと買えるほど金回りもよくなかった。
つまる所、小遣いが少なかったのだ(笑)。
で、金がないならアタマと手を使え…というのは
当時も今も同じで、自作とあいなるワケだ。
洋凧を作るには型紙に寸法合わせて云々…と
色々と面倒な作業もあったので、さほど手間を
取らずに型紙もいらない和凧メインで。
考えてみれば後に洋モノに拒絶反応を示す事が
たびたびあったのは、この時のトラウマか。
洋モクとか洋ピンとか(笑)。
通学路の途中には必ず文房具屋があるので
そこで竹ひご(大抵100円前後)を買ってきて
井桁(四角形)に組み上げ、表面に貼りつける紙は
大抵が習字の授業で使った半紙。
中にはコレ用にバカな絵描いたヤツもいたな。
で、住宅地でありながらも割と近場には
電線の心配のない公園…というか草野球用の
グラウンドがあって、平日は貸切状態なので
そこに行って揚げて遊んでいたな。
ご存知の通り、空飛ぶブツは離陸と着陸が
難しいワケで、それは凧揚げでも同様。
二人一組でテイクオフ作業すればラクはラクだし
友情も芽生えそうな感じ(笑)ではあるが
そのうち他人の面倒見るのが億劫になって
みんなチャリ持参で揚げるようになったな。
上記リンク先のCMにもあったように(考える事は
洋の東西変わらない、という例)片手に凧と
糸巻き…コレばかりは洋凧についていたモノを
使った方がやりやすい…を持って、片手運転で
チャリを漕ぐ。そりゃもうフル加速で。
その形状見れば何となくわかると思うが
和凧は洋凧に較べて上昇や旋回能力においては
一歩譲るワケで、この『自転車一人揚げ』にも
相応のコツが必要になったりするのだけど
ソコはもう経験の積み重ねで。
揚がってしまえば和凧は割と安定する。
本体の下につけた足でうまく風を捉えたり
糸に手紙をつけて送ったり…という、江戸期から
連綿と続くテクニックを、ドコで仕入れたのかは
忘れたけど駆使して揚げていたな。
この辺の旋回性能や安定性ってのは
割とクルマのコーナリング特性にも通じるのでは
…と今書いていて気付いたが、単なる気のせい(笑)。
単純極まりない遊びには違いないのだけど
自分で作ったもので楽しむ、という方向性は割と
今の自分の趣味みたいな所に繋がっているのかも。
そして糸を伝わってくる感触が似ているせいか
たまに天気のいい平日に鮒釣りに行ったりするのも
またこの時の影響なんだろうな。
…ところで最近のガキは、やはりコマの代わりに
ベイブレードを闘わせてるんだろうか?
まぁアレは正月とか関係ねーか。

右端のヤツは宇宙の果てまで飛ばしてやりたい。
