無人の野を行くが如く。 | Gallery"TEKITOH"

無人の野を行くが如く。

 いや~、クルマぬりえ用のテンプレ作るのが
メッチャ面白ぇ。既にハマリの領域。
 
…と仕込みを楽しんでる以外に↓こんなお題でも。

ブログをやってる目的は? ブログネタ:ブログをやってる目的は? 参加中


 コレは『もの言い』覚悟で言ってやろう。
他人の為なんかでは絶対ないと。
最大の目的は『自己の再確認』である、と

 よく居るだろ。「情報発信したい」だの「情報交換を
するための場」だのと奇麗事ヌカす連中がよ。
そんな聞いた風な言葉で飾っても、そりゃ独り善がりに
しか聞こえねーわな実際。

 情報発信なんて結局のところ『持ち物自慢の見せびらかし』
に過ぎないだろうし、そういう連中が実際やっている事はと
いえば、他人のサイトやブログから盗んだ情報や盗んだ画像を
さも「自分で調べました~」みてぇな体裁で飾り立てて
悦に入っているだけだろ。

 情報交換なんてのは最も虫のいい言い回しで、
結局のところ自分で調査するのが面倒だから他人の持ってる
情報をロハで手に入れたい…という、ワガママに過ぎない。

 そうして集めた情報とやらをどうするのかといえば結局
ブログに書き散らしてオシマイなワケだろ。
コイツらには「知る」はあっても「わかる」がないのだ。

「知る」は『知識』、「わかる」は『理解』。
食い物をよく噛んで食わないと栄養分にならないのと同じで
ただ該当文字列を引っかき集めてまとめておくだけで、個々の
情報に対して推敲を重ねる、という行為を怠っているから
決して自身の糧になりはしない。
 まぁ雑誌の世界にも多いよな、そんなのが。
他人の記述をロクに理解せずに、語尾だけを変えたような記事を
平気で引用(盗作に等しい)掲載するようなのがたくさん。
ギャランティの発生如何に関わらず、そんな安直な連中が
跋扈している現状にはウンザリさせられる。
そんな連中にエサ与えるような事してたまるか。


 どうも殆どの日本人て奴は、言葉の語彙をろくすっぽ考えずに
全て「文字列」として認識してしまうような思考回路になって
しまっているような気がする。
 例えば少し前に「他人から『がんばれ』と言われると
かえって腹が立つ」なんて事言ってた連中がいたみたいだけど
その言葉が、真心から発した『がんばれ』なのか、はたまた
社交辞令でとりあえず発した『がんばれ』なのか、その違いを
まるで考えてない、そういう事なのだろうな。

 そう、『考える』という行為を最初ッから放棄している。
だから手前ェ勝手な解釈…それも大した人生経験がない事から
来る決めつけで、他人に対してナメた態度を取りやがる。
 だから、わざと言葉少なに記したり、ワザと書かなかった
箇所がある事の真意を理解しようとせず(大抵の場合ソレは
自身で調べ、考え、実践してみなければ理解できないこと)
「あー、コイツ知らねぇんだ」と見下し行為に走る。
ホントに安っぽい連中ばかりになったものだと。


 …という長い前置きの結果、自分がブログやっている
目的はといえば、そんな「わかってない連中、わかろうとも
しない連中」の情報ソースには絶対なり得ない、
あくまで自身の再確認だったりする。

 記事のお題として出た物事に対してアレコレ考える。
それは勿論、手前ェの脳内にあるデータからまず引き出して
知っている事、わかっている事を色々と。
 そして今度はソレを文章として書き連ねながら
「今こういう文脈で書いてるけど、実はこういう考え方も
あるんじゃねぇのか?」と思考の組み立て作業を行う。

 アタマの中にある考えを、敢えて口に出してみる。
それは他人に対してではなく、自身に向けて。
そうする事で案外、初めて自分の気持ちに気付く。
そういう事もあるものだ。

 ま、こんな事は他人にゃ絶対理解できないだろうから
誰に読まれなくてもいい。

 よく「一日の記事更新回数を増やして、アクセスアップを
目指せ」なんてブログ攻略法(大笑)みたいなのがあるだろ。
このアメブロにも当然あるのだが。
 そんな事してPV数増やしても意味ねーよな。
大抵は「あっそう。ふ~ん」で終わりだよそんなの。

 前に知ってるオタ公(知りすぎてイヤになっている)が
とある番組の読書感想文みてぇな駄文を毎週発表していて
それが悪意の連中の眼に留まって、ちょっとアクセス数が
上がっていたワケだ。最終回流れた直後は初の4ケタPVを
記録していたけど、それが終わるとまた元の数…辛うじて
3ケタ記録するかどうか…に戻ったワケだ。
 所詮知識自慢の露出狂的性分の持ち主だから、それを
残念がっていたのだけど
「いいじゃねーか。悪意の900人が消えて、毒にも薬にも
ならねぇ100人が残ったンならよ」とだけは言っといた。
それで納得したかといえば、全然してねぇと思うけど。

 こういうのはイタズラに数を稼ぐことよりも
(キチンと理解して読んでもらえる)誰かに読まれる事の
方が重要なんじゃないだろうかね。


 そして自身の話に戻すと、このブログ始めた目的として
「何となく気になったクルマの絵を描く」というのがある。
ただ描くだけじゃ目的意識が不足するだろうから
そこはブログという『器』を利用して、ココに並べてみると
自身の絵に対する意識の変化もわかるだろう…という事。

 イヤ随分と意識変わったよねぇ。
何つっても最初は(塗り作業だけで言えば)2~3時間で
済ませていただけに過ぎないのに、最近はホントに時間が
かかること。先日のアレなんて、上半分だけでも都合
4日近くかかってるんじゃねぇかな(笑)。

 まぁその意識変化の根底にあるのは
『他人とは違うモノを描く』という、オリジナリティの
確立的なモノがある。
 何かこういうクルマのイラスト描いてる連中って
「カタチ自体は写真のトレスで、塗りはBow。風水彩で」
みたいな固定観念で描いてる奴が多いから、ソイツらへの
アンチテーゼとしての意識。
「モチーフが同じなら、誰が描いても同じだろ」なんてのは
逃げ口上で、ソコに独自性を盛り込むのが絵描きとしての
使命つーか宿命だろうよ…とな。

 で最近、ようやっと独自性みたいなのが見えてきたかな
…という気はする。あくまでも自己分析だから、他人から
見たらどうなのか、てのは知らない。
そもそもが「他人に見せる為」「仕事で金もらう為」
という意識からかけ離れているから。

 他の『絵描いてメシ食ってる連中』てのは、こういう場を
営業なり宣伝の材料なりに使ってカツカツしているみたいだけど
こちとらそんな意識は全くないので、まぁ自由なモノだ。
何たってそういう仕事は全然来ねぇから。
流行り廃りは全く無視しているから、頼む酔狂もいないだろうけど。

 評価は自分で下す。それで充分。

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 旧い毛布のようなパレオだ。