改めて『湾岸MIDNIGHT』を読む。 | Gallery"TEKITOH"

改めて『湾岸MIDNIGHT』を読む。

 さて、またもブログネタなのですが実はこの三日ほど
俺は自宅に居ません。ちょっとした用事で出かけてマス。
なのでコレも自動更新なのですが、今回の↓お題。

この夏に観たもの、読んだものの感想 ブログネタ:この夏に観たもの、読んだものの感想 参加中


 表題の通りなんだけど、ちょっとした時間を使って
『湾岸MIDNIGHT』(楠みちはる・著)を読み返したりしていた。
現行の『C1ランナー』が始まって1年弱、単行本は
巻数リセットされて、新たに1巻として今月出版される
みたいなので、全42巻を読み耽っていた。
…どうりで作業がはかどらないハズだ(笑)。

 初登場からずっと、キチンと欠かさず読み続けている
マンガとしては最も長い付き合いになってしまったなぁ。
 その初登場は1990(平成2)年の『ビッグコミックスピリッツ』。
例の百科事典ゴッコの方には「'92年スタート」とあるけど
信用しないように。
 細かい号数まで控えてあるけど、ソレをココに列記すると
また情報ドロボーがうるせぇので割愛させてもらう。
同時期の『シャコタン☆ブギ』でいえば『稲妻の少女』編
(単行本10巻末~11巻アタマ)。
 同じ頃の別誌に眼をうつすとヤングジャンプの『栄光なき天才たち』
(森田信吾・著)の浮谷東次郎編が、割と近い時期に
スタートしていたりする。最近タイトル変更して再販されてたけど。

 なぜ講談社系の作家が小学館の雑誌に…とも思うだろうけど
その兆候は確かにあったんだよね。
まずは'88年に少年サンデーにて掲載されていた『オレのまんが道』。
アレにてインタビュー受けたのを皮切りに、翌'89年には
少年サンデー30周年記念増刊号でも1ページのインタビュー…と
着々と引き抜き工作と思われる露出がなされていた。

 で、「もう少し上めの年齢向けに描きたい」と思ったのか
或いは単に引き抜き担当者が異動したのかはともかく…で
シリーズ連載がスタート。
 初めて読んだ時は「アレ?取る雑誌を間違えたか?」と
思った位に違和感あったな。作風が雑誌のカラーとは違うから。
その後の事(ヤンマガ移籍)は、本人が副読本で語った通り。
タイトルロゴが確定したのが『series3:地獄のチューナー』から
だったから、随分長いことかかっていた計算にもなるが。

 この、楠みちはるという漫画家。
実は一般読者に理解されにくい類の漫画家だ、と今も思っている。
何も「(自分が好きだから、と)特殊なポジション」だというワケでは
決してなく、クドクドとした説明をしない作家という事。
 '90年代から割と多くなるんだけど、マンガってのがドラマ性より
情報性の方が重要視される傾向が強くなっていった時代。
説明ゼリフ多用なマンガ自体は、それ以前からあったんだけど
この人の場合は「絵見てフキダシ読んでオシマイ」じゃ絶対に
理解できない。
 今もそうなんだろけど「電車内で1駅区間内に読み終われる作品」を
強要される週刊マンガ誌の中では、まず「わかりづれぇマンガ」と
吐き捨てられる類。
(その辺の問題点については以前こちらに記してあるので、参照のこと)

 なので「考えながら読む」という作業が必要になるワケで
そりゃウケにくい作品だよな、と思ってしまう。
ただでさえ車マンガ読んでる奴は、モノ考えないバカばかりだし
そらアンタ、イニDに客取られますよ…とまで思ってしまう。

 ただねぇ、(当時からわかっていたが)キチンと絵も「読んで」いれば
ちゃんと説明はなされている…というのがよくわかる。
例えば『悪魔のZ』が何故事故を繰り返して来たのか…という
読者側の(声に出さない)疑問に対しても、答が書かれている。

「Zじゃなく、オレのドライビングミスだったよな…。」

 今昔を問わず、クルマってのはイジっていくと乗りこなしにくく
なっていく。所謂「スイートスポットが狭い」というヤツ。
速度域が上がると、ラフだったりいい加減だったりする操作は
一切許されず、その時々において最も正確な操作を要求される。
そして、その入力タイミングは恐ろしくシビア。
 綱渡りのような操縦を要求されるマシンに対して、乗り手が
心得ておくべき事は、自身の都合をクルマ側に押し付ける事じゃなく
そのクルマの性格を十二分に理解しておく…コレに尽きる。
 それを理解するには、一にも二にもひたすら走りこむ。
キチンとその時ごとに考えながら。

 こう書いた瞬間に、ある人を思い出した。星野一義その人。
その息子さんが同じアメブロでブログやってる手前、書きづらいけど(笑)
あの人も『日本一速い男』だけと天才ってワケじゃない。
毎日走り込む事によって身につけた経験と感覚、ソレが現役時代に
モノをいっていた。
そういう所では一本通じているのかもしれない。

 もう個人的には『速さのDNA』だの何だのの、ガキっちぃ言い回しとか
必要ないです。一番大事な事を語ってくれてますから。

 随分後のエピソードになるけど、こういう事も書かれている。
「まず自身の経験ありき。そこに加えられる想像力と創造力。
 ソレを持ってるヤツが強い。」
…という感じの事。
何やるにしても(職種を問わず)ソイツが一番大事だ…という事を
改めて思い出させてくれたよ、このマンガは。
 
 時々俺、『理屈と感覚の両立』なんて事を自身の肝に銘じたり
他人に言ったりする(当然、理解されない)んだけど
まーコレも同様なんだろうな。
 最近の『C1ランナー』のノブなんかは、前作『あいつとララバイ』の
研二と同じで感覚オンリーの人間だから、周りのオヤジキャラが
理屈の面を受け持ち、読者に提示する…という図式になっている。

 ホントは読者の事をよく考えてる人なんだよね。
数多くのメッセージも記してあるし。
それを理解できないのは、読んでる奴がバカばかり…て事なんだろうな。


 で、この作品に関しては「誰かと語り合う」なんて事は
一切したくない。何せ読書というモノは
「作者と読み手、一対一の会話」だしね。

テキトー画廊-朝倉

 ↑初出時に模写したモノが、今頃出てきやがった(笑)。
この人の画はミリペン作画の方が似せやすいね。