【クルマ画】53・喧嘩上等
最近のクルマのデザインってのは便利なモノで
デザイナーが描いたレンダリングにある程度沿って
ヘッドランプの形状を決めたりできるらしいですな。
ライト自体の小型化も手伝って。
しかし昔のデザイナーは大したモノで、殆どの場合
ありものの規格品を使って様々な表情を作り上げて
いたりする。今より多くの制約がつきまとう行程上で
創意工夫をこらし、成し遂げる…まこと先人の足跡には
学ぶコトが多かったりするのであります。
そんな中でも今回のクルマ画は、'70年代の国産車の中で
最もコワモテに仕上がってしまったクルマであります。

1972年~ マツダ・サバンナGT(S124A型)改
フルワークス仕様。
やっぱりバンナ(愛称。アクセントはつけずフラットに読む)は
ワークス貼ってないとサマになりませんやな。
…貼った途端に族車っぽくなるのはともかく(笑)。
画の方は3年ほど前にチマチマと描いたモノ。
まー塗り方は今とそんなに変わってないか。
何故今さらそんなモノ引っ張り出してきたかといえば
今年も広島に行けなかった。それだけ(泣笑)。
一体いつになったらナマでRX500を見られるのやら…。
仕方ないのでソレより497ほど足りない(笑)けど
RX-3でお茶を濁しておこうか、と。
それはともかくこのカオは'73年のマイナーチェンジにて
変更されて以降のツラ構えなんですが、まぁおっかねぇコト。
とりあえず初期型よりは精悍さが増してはいるのだけど。
初期型はこんな顔だったんですが、カローラクラスの
ガタイの割にまぁ仰々しいこと。
尤も当時だとギャランGTOなんかも同じで、小型車の割に
分不相応なほどワイルドなツラ構えや大きく見えるような
トリッキーな処理していたので当然なんですが、
実はこのサバンナのデザイン、当時の資料を読んでいると
別にカローラクラスの車体用に描き起こしたデザインでは
なかったみたいで、元々描きためていたイメージスケッチの
中から「今度はコレだ」という感じで選ばれた代物らしいです。

↑コレがアーリースケッチ。
「当時のフォーミュラのイメージを継承」というデザイン要素に
ついてはよく聞いてはいたのだが、こうして一枚絵で見ると
「なるほどね」と思わされる。カナードつけてるのは余計だと思うけど。
よく見ると当時のデザイナー・在間浩氏のサインも見える。

↑初期スケッチを一歩推し進めたレンダリング。
「デトロイト調だなぁ」と思いつつも、より市販型のバンナに
近づいているのがわかる。
ノーズ中央のトンガリ具合はむしろ、中期以降の顔に
近い印象がある。それでマイチェン時に敢行したのか。
いずれにしても「シャープさ」を強調したかったという
意図がよくわかる一連。

面白いな…と思ったのが↑こちらのテール案。
既にアルマジロ状のCピラーの意匠は確立されているが
テールランプの処理がRX500に似ていたりする。
これらのレンダリングが描かれたのが'69~'70年頃との事。
一見異色に見えるRX500のスタイルも、この流れの上に
あった…という事ですね。

こちらはレシプロ版の兄弟車・グランドファミリア用の
レンダリング。むしろムスタング調というか。
背後に描かれたロータリークーペが勇ましいですな。
上掲の図版は『モーターファン』'71年11月号より。
こうしたデザイン変遷を見せる編集傾向が、翌'72年に
『カースタイリング』誌を生むキッカケになったみたいです。
それはともかくワタクシゃ、先輩筋にREをイジっていた
人が何故か多く、色々と丁稚的な手伝いとかもさせられて
いたんですが、大抵はRX-7(SA22C)主体でやってましたね。
既にFD3Sが現役という頃に。
バイトしていたガソリンスタンドの所長さん(当時で40歳直前
…といった所だったかと)が昔このRX-3で走っていたらしく
12Aぺリにダンドラという定番メニューで、スカGなんかを相手に
やりあっていたみたいです。
ただ、Zなんかは1クラス上のイジり方で太刀打ちできなかった
らしく、なるべくゼロヨン以外のバトルは避けていたとか。
後年このバンナに乗っている人を見つけて、ちょっと運転させて
もらった事があったんですが…
このクルマ、全然曲がってくれません(笑)。
曲がるというよりもコーナーというコーナー、全て滑っているような
感覚で、アシもシャーシもEgパワーに全く追いついてない印象。
サーキット競技用のバンナは末期には、SA22C用の4リンクを
移植して対処していた…と聞くけど、それも当然だろうと。
イヤ、昔の走り系の人々はスゴかったんでしょうな。
こんなクルマで命かけて走ってたワケですから(無責任発言)。
デザイナーが描いたレンダリングにある程度沿って
ヘッドランプの形状を決めたりできるらしいですな。
ライト自体の小型化も手伝って。
しかし昔のデザイナーは大したモノで、殆どの場合
ありものの規格品を使って様々な表情を作り上げて
いたりする。今より多くの制約がつきまとう行程上で
創意工夫をこらし、成し遂げる…まこと先人の足跡には
学ぶコトが多かったりするのであります。
そんな中でも今回のクルマ画は、'70年代の国産車の中で
最もコワモテに仕上がってしまったクルマであります。

1972年~ マツダ・サバンナGT(S124A型)改
フルワークス仕様。
やっぱりバンナ(愛称。アクセントはつけずフラットに読む)は
ワークス貼ってないとサマになりませんやな。
…貼った途端に族車っぽくなるのはともかく(笑)。
画の方は3年ほど前にチマチマと描いたモノ。
まー塗り方は今とそんなに変わってないか。
何故今さらそんなモノ引っ張り出してきたかといえば
今年も広島に行けなかった。それだけ(泣笑)。
一体いつになったらナマでRX500を見られるのやら…。
仕方ないのでソレより497ほど足りない(笑)けど
RX-3でお茶を濁しておこうか、と。
それはともかくこのカオは'73年のマイナーチェンジにて
変更されて以降のツラ構えなんですが、まぁおっかねぇコト。
とりあえず初期型よりは精悍さが増してはいるのだけど。
初期型はこんな顔だったんですが、カローラクラスの
ガタイの割にまぁ仰々しいこと。
尤も当時だとギャランGTOなんかも同じで、小型車の割に
分不相応なほどワイルドなツラ構えや大きく見えるような
トリッキーな処理していたので当然なんですが、
実はこのサバンナのデザイン、当時の資料を読んでいると
別にカローラクラスの車体用に描き起こしたデザインでは
なかったみたいで、元々描きためていたイメージスケッチの
中から「今度はコレだ」という感じで選ばれた代物らしいです。

↑コレがアーリースケッチ。
「当時のフォーミュラのイメージを継承」というデザイン要素に
ついてはよく聞いてはいたのだが、こうして一枚絵で見ると
「なるほどね」と思わされる。カナードつけてるのは余計だと思うけど。
よく見ると当時のデザイナー・在間浩氏のサインも見える。

↑初期スケッチを一歩推し進めたレンダリング。
「デトロイト調だなぁ」と思いつつも、より市販型のバンナに
近づいているのがわかる。
ノーズ中央のトンガリ具合はむしろ、中期以降の顔に
近い印象がある。それでマイチェン時に敢行したのか。
いずれにしても「シャープさ」を強調したかったという
意図がよくわかる一連。

面白いな…と思ったのが↑こちらのテール案。
既にアルマジロ状のCピラーの意匠は確立されているが
テールランプの処理がRX500に似ていたりする。
これらのレンダリングが描かれたのが'69~'70年頃との事。
一見異色に見えるRX500のスタイルも、この流れの上に
あった…という事ですね。

こちらはレシプロ版の兄弟車・グランドファミリア用の
レンダリング。むしろムスタング調というか。
背後に描かれたロータリークーペが勇ましいですな。
上掲の図版は『モーターファン』'71年11月号より。
こうしたデザイン変遷を見せる編集傾向が、翌'72年に
『カースタイリング』誌を生むキッカケになったみたいです。
それはともかくワタクシゃ、先輩筋にREをイジっていた
人が何故か多く、色々と丁稚的な手伝いとかもさせられて
いたんですが、大抵はRX-7(SA22C)主体でやってましたね。
既にFD3Sが現役という頃に。
バイトしていたガソリンスタンドの所長さん(当時で40歳直前
…といった所だったかと)が昔このRX-3で走っていたらしく
12Aぺリにダンドラという定番メニューで、スカGなんかを相手に
やりあっていたみたいです。
ただ、Zなんかは1クラス上のイジり方で太刀打ちできなかった
らしく、なるべくゼロヨン以外のバトルは避けていたとか。
後年このバンナに乗っている人を見つけて、ちょっと運転させて
もらった事があったんですが…
このクルマ、全然曲がってくれません(笑)。
曲がるというよりもコーナーというコーナー、全て滑っているような
感覚で、アシもシャーシもEgパワーに全く追いついてない印象。
サーキット競技用のバンナは末期には、SA22C用の4リンクを
移植して対処していた…と聞くけど、それも当然だろうと。
イヤ、昔の走り系の人々はスゴかったんでしょうな。
こんなクルマで命かけて走ってたワケですから(無責任発言)。