【クルマ画】48・真夏のベビーギャング
夏真っ盛り。
トモダチと海水浴の約束をする。
現地集合…という事で、愛車にて現地まで向かう。
「わかりやすいように、目印置いとくからね」
というメッセージを信じて現地に到着すると
見覚えのあるエンブレムを描いた旗が。
「待ったぁ!?」
…などというOPコント(←違う)はともかく
暑中お見舞い申し上げます。
そんなワケで今回のクルマ画は夏っぽく…は全然ない
コイツで↓ドーゾ。

…てなワケで今回の生贄は
1971年~ スズキ・フロンテクーペ改(LC10W改)。
…まず最初に謝っておかなくちゃイカンでしょう。
「スマン、改造し過ぎた(笑)」。
最初はフツーにフルワークス風にまとめてオシマイ…という
感じだったのだが、気がつくとココまで凶暴化してしまった。
ただ単純に自分好みのセンでまとめていたハズなのが
BカーというかGT300マシンというか…そういう感じ。
もうサブロクじゃねぇよコレ(大笑)。
…とか思ってたら、GT300のレガシィB4はもっとスゴイ事に。
ありゃもう(以下略)。
このクルマ(言っとくけど外観ノーマルでした)、随分前に
乗らせてもらった事がある。
…イヤ最初はナメてたんですよ。
サブロクだから…てワケじゃなく、それ以前に乗らせて貰った
ホンダZ(水冷)が「あまりにもつまんねぇEg」だったから
コレも似たようなモノなんじゃねぇの?て感じで。
それが乗ってみると大違い。
低速域ではそりゃサブロクだから心許ない感じ(なんだけど
思ったよりはトルクがあった気がする)だけど
スロットル開けてみるとまぁスゴイこと。
白煙とキャラメルの匂いを引きずって(カストロ入ってた)
面白ぇくらいに加速していく。
それでRR車だからハナ先軽いのも手伝って、軽くステア
入れただけで機敏に向きを変えていく。
ボディが小さく軽いせいもあって、カブト虫やポルシェよりも
一体感はあったな。
但し、大きな声じゃ言えない速度域になるとおっかねぇモノで
もぉ何処飛んでいくかわからないアブナさ爆発で。
「こりゃ3ケタkm/hの少ない方までだったら最高に楽しいわ」
…と思ったモノであります。
それと同時にブン回しながら乗ってると、どういうワケか
口元に笑みが浮かんでくる。というかニヤケてくる(笑)。
何だか「冷や汗と快楽は一枚板の裏表」みたいな感じ。
感覚的にはその前に乗ったマツダのAZ-1みたいな
クイックさと危なっかしさが同居した感じ、アレに似てるか。
それでスズキの2ストがまたイイ。
冷静に見りゃトップパワーばかり追求した片手落ちユニットで
街乗りなんかにはあまり相応しくないんだけど(だから街中じゃ
常にレーシングスタートを要求されたりもする)、
何だか生き物感というか、荒く息吸って吐いて…みたいな
「頑張ってンだよ、俺ら三人(3気筒だから)」てな無生物の
主張みたいなのも感じられる。まぁ気のせいだとは思うが。
そして走っている音だけを傍から聞いていると、何だか
ドコぞのコゾーが単車で走り回っているようにしか聞こえない、
それもナイスなポイント(笑)。
更に言えば、遠方の単車と1コ前の記事とを合わせて
「スズキの2ストは世界一ィ~!」とムダ吠えしときたいのですよ。
あの会社のEgには何かと世話になってるしね。
ホンダキラーとして(笑)。
そして運悪く長生きしてジジィになっていたとしたら俺ゃ多分、
スズキのセニアカーにガンマのEg載っけて爆走してます(大笑)。
…といった所で恒例として、スタイリングに関しての薀蓄でも
書いておこうか。
フロンテクーペの初期段階にイタルデザインが絡んでいた事は
有名なんだけど、それが実はイタル側からの売り込みで、
実際のクーペとは似ても似つかない代物だった…という事は
文字としては知られていても、その実物を知っている人ってのは
意外に少ないんじゃないだろうか。
それが↓こちら。

イタルデザイン/スズキ・ベルリーナ。
上の線画は実物大モックアップを参照。ボディの左右で
違ったディテールが施されており、コレは当然左側の案。
その前に担当したキャリィバン(L40V)の貨客兼用スタイルを
もっと乗用車寄りにまとめてみた感じか。
当時的にはフィアット600ムルティプラ、その後のスズキ的には
ワゴンRみたいな使い勝手を意識したように見える。
「流石はモノフォルム戦争の仕掛人」という個人的感想はともかく
狭い日本の、小さい軽サイズ(全長3000mm以内、全幅1300mm以内)
の中でスペースを最大限有効に使えるよう配慮されている…のだが
当時の日本じゃ「ワンボックス=商売クルマ」として、自家用車として
使うと蔑みの対象みたいに言われていた時代。
当のスズキ自体も先代のフロンテの売り文句として「バンと間違え
られないスタイル」と、ホンダのNコロを揶揄していた位だし。
…で、紆余曲折あって↓こうなった、と。

一応ノーマルの姿も描いておいた…のはともかく。
この変遷についてはフロンテクーペのデザインを担当した
佐々木亨氏の談話があり、非常に面白い。
「確かに元になったのはジウジアーロのデザインなんですが、
じつのところを言うと彼のデザインはフロントウインド部分
だけなんです。(中略)ジウジアーロが4人乗りの小型乗用車、
ホンダさんのステップバンのようなコンセプトのデザインを
売り込んできたんです。
社長が検討してくれと言うんですが、それをそのまま出すのは
シャクじゃないですか。」
(八重洲出版『Old-Timer』4号より)
…「シャクだから」という理由もスゴイとは思うが、
完成したフロンテクーペを見たジウジアーロの反応はといえば…
「ええ、悔しがってましたよ。フロンテ・クーペができてから、
本人に見せたんですが、最初から私に作らせれば、もっと
いいものを作ったのに、ってね。」
(同上)
フロンテクーペ自体はその後、軽規格の拡大に伴って
車幅や各部のディテールを調整し、セルボ(SS20型)として
生まれ変わった(でもノーマルだと面白いかどうかは…)けど
ココで面白いのはそのツラ構え。
ヘッドランプを丸目にしたせいで、妙にセミっぽい顔に
なってしまったが、そのツラ構えが実はジウジアーロが
ベルトーネ時代に担当したイソ・リヴォルタに何となく
似てしまったんですわ↓。

…先祖がえりみたいなモノなのかね(笑)。
最後になるけど画の方は案の定、細かい描き込みが
縮小した段階で潰れてしまったなぁ。
フロンテのグリルとか、旗持ちのお姉ちゃんの髪とか
それなりに描き込んだんだけどなぁ…。
ま、しょうがない。
トモダチと海水浴の約束をする。
現地集合…という事で、愛車にて現地まで向かう。
「わかりやすいように、目印置いとくからね」
というメッセージを信じて現地に到着すると
見覚えのあるエンブレムを描いた旗が。
「待ったぁ!?」
…などというOPコント(←違う)はともかく
暑中お見舞い申し上げます。
そんなワケで今回のクルマ画は夏っぽく…は全然ない
コイツで↓ドーゾ。

…てなワケで今回の生贄は
1971年~ スズキ・フロンテクーペ改(LC10W改)。
…まず最初に謝っておかなくちゃイカンでしょう。
「スマン、改造し過ぎた(笑)」。
最初はフツーにフルワークス風にまとめてオシマイ…という
感じだったのだが、気がつくとココまで凶暴化してしまった。
ただ単純に自分好みのセンでまとめていたハズなのが
BカーというかGT300マシンというか…そういう感じ。
もうサブロクじゃねぇよコレ(大笑)。
…とか思ってたら、GT300のレガシィB4はもっとスゴイ事に。
ありゃもう(以下略)。
このクルマ(言っとくけど外観ノーマルでした)、随分前に
乗らせてもらった事がある。
…イヤ最初はナメてたんですよ。
サブロクだから…てワケじゃなく、それ以前に乗らせて貰った
ホンダZ(水冷)が「あまりにもつまんねぇEg」だったから
コレも似たようなモノなんじゃねぇの?て感じで。
それが乗ってみると大違い。
低速域ではそりゃサブロクだから心許ない感じ(なんだけど
思ったよりはトルクがあった気がする)だけど
スロットル開けてみるとまぁスゴイこと。
白煙とキャラメルの匂いを引きずって(カストロ入ってた)
面白ぇくらいに加速していく。
それでRR車だからハナ先軽いのも手伝って、軽くステア
入れただけで機敏に向きを変えていく。
ボディが小さく軽いせいもあって、カブト虫やポルシェよりも
一体感はあったな。
但し、大きな声じゃ言えない速度域になるとおっかねぇモノで
もぉ何処飛んでいくかわからないアブナさ爆発で。
「こりゃ3ケタkm/hの少ない方までだったら最高に楽しいわ」
…と思ったモノであります。
それと同時にブン回しながら乗ってると、どういうワケか
口元に笑みが浮かんでくる。というかニヤケてくる(笑)。
何だか「冷や汗と快楽は一枚板の裏表」みたいな感じ。
感覚的にはその前に乗ったマツダのAZ-1みたいな
クイックさと危なっかしさが同居した感じ、アレに似てるか。
それでスズキの2ストがまたイイ。
冷静に見りゃトップパワーばかり追求した片手落ちユニットで
街乗りなんかにはあまり相応しくないんだけど(だから街中じゃ
常にレーシングスタートを要求されたりもする)、
何だか生き物感というか、荒く息吸って吐いて…みたいな
「頑張ってンだよ、俺ら三人(3気筒だから)」てな無生物の
主張みたいなのも感じられる。まぁ気のせいだとは思うが。
そして走っている音だけを傍から聞いていると、何だか
ドコぞのコゾーが単車で走り回っているようにしか聞こえない、
それもナイスなポイント(笑)。
更に言えば、遠方の単車と1コ前の記事とを合わせて
「スズキの2ストは世界一ィ~!」とムダ吠えしときたいのですよ。
あの会社のEgには何かと世話になってるしね。
ホンダキラーとして(笑)。
そして運悪く長生きしてジジィになっていたとしたら俺ゃ多分、
スズキのセニアカーにガンマのEg載っけて爆走してます(大笑)。
…といった所で恒例として、スタイリングに関しての薀蓄でも
書いておこうか。
フロンテクーペの初期段階にイタルデザインが絡んでいた事は
有名なんだけど、それが実はイタル側からの売り込みで、
実際のクーペとは似ても似つかない代物だった…という事は
文字としては知られていても、その実物を知っている人ってのは
意外に少ないんじゃないだろうか。
それが↓こちら。

イタルデザイン/スズキ・ベルリーナ。
上の線画は実物大モックアップを参照。ボディの左右で
違ったディテールが施されており、コレは当然左側の案。
その前に担当したキャリィバン(L40V)の貨客兼用スタイルを
もっと乗用車寄りにまとめてみた感じか。
当時的にはフィアット600ムルティプラ、その後のスズキ的には
ワゴンRみたいな使い勝手を意識したように見える。
「流石はモノフォルム戦争の仕掛人」という個人的感想はともかく
狭い日本の、小さい軽サイズ(全長3000mm以内、全幅1300mm以内)
の中でスペースを最大限有効に使えるよう配慮されている…のだが
当時の日本じゃ「ワンボックス=商売クルマ」として、自家用車として
使うと蔑みの対象みたいに言われていた時代。
当のスズキ自体も先代のフロンテの売り文句として「バンと間違え
られないスタイル」と、ホンダのNコロを揶揄していた位だし。
…で、紆余曲折あって↓こうなった、と。

一応ノーマルの姿も描いておいた…のはともかく。
この変遷についてはフロンテクーペのデザインを担当した
佐々木亨氏の談話があり、非常に面白い。
「確かに元になったのはジウジアーロのデザインなんですが、
じつのところを言うと彼のデザインはフロントウインド部分
だけなんです。(中略)ジウジアーロが4人乗りの小型乗用車、
ホンダさんのステップバンのようなコンセプトのデザインを
売り込んできたんです。
社長が検討してくれと言うんですが、それをそのまま出すのは
シャクじゃないですか。」
(八重洲出版『Old-Timer』4号より)
…「シャクだから」という理由もスゴイとは思うが、
完成したフロンテクーペを見たジウジアーロの反応はといえば…
「ええ、悔しがってましたよ。フロンテ・クーペができてから、
本人に見せたんですが、最初から私に作らせれば、もっと
いいものを作ったのに、ってね。」
(同上)
フロンテクーペ自体はその後、軽規格の拡大に伴って
車幅や各部のディテールを調整し、セルボ(SS20型)として
生まれ変わった(でもノーマルだと面白いかどうかは…)けど
ココで面白いのはそのツラ構え。
ヘッドランプを丸目にしたせいで、妙にセミっぽい顔に
なってしまったが、そのツラ構えが実はジウジアーロが
ベルトーネ時代に担当したイソ・リヴォルタに何となく
似てしまったんですわ↓。

…先祖がえりみたいなモノなのかね(笑)。
最後になるけど画の方は案の定、細かい描き込みが
縮小した段階で潰れてしまったなぁ。
フロンテのグリルとか、旗持ちのお姉ちゃんの髪とか
それなりに描き込んだんだけどなぁ…。
ま、しょうがない。