【クルマ画】23・安全第一
夜に吹く風も温かくなって、そろそろ春の到来ですネ
…と、『750ライダー』みたいな挨拶を書きつつ
またも拙いラクガキであります。
しかもまた一般大衆には何のキョーミも抱かせないショーカー。
どうりでこのブログ、リピーターが存在しないワケだ(イヤ、
それだけじゃないだろうけど)と嘆きつつ↓こちら。

ピニンファリーナ/シグマ・グランプリ。
1969年ジュネーブショーにて発表されたマシン。
一見レーシングマシン風ではあるが、コンペティションユースを意識した
ワケではなく、セーフティカーとしての機能性を具現化した物であり、
その成立過程で工学、医学それぞれのエキスパートが参画、さらには
レーシングドライバーの観点から故ポール・フレール、技術面からは
フィアット及びダイムラー・ベンツのアドバイスを受け、フェラーリより
提供された'68年型F1用メカニカルコンポーネントを流用した、
いわば後のESV(安全実験車)の先駆けとなったマシン。
ノーズ周辺およびボディサイドをクラッシャブル・ストラクチャーとして
乗員やガソリンタンクを守るよう設置され、タンク自体も衝突等による
破損に対応できるようコーティングされている。
乗員用ヘルメットには、シートベルト風な装置が取り付けられているが
これは衝突等のショックから首を守るものであり、随分後になって
「HANS」として(この提案とは違う形で)実用化されている。
さて、ココまで詳しく(しつこく)書き連ねたのにはワケがある。
この車に関する正しい記述がネット上にてなされていない為である。
半年くらい前だったか、単にオモチャ見せびらかして自慢しているだけの
ブログでこのミニカーを採り上げており、権威づけの為だか何だか
知らないが、このマシンの成立過程を全く無視した上「フェラーリのEgを
流用」という事実のみを拡大解釈して「後のフェラーリF1のスタイルが
激変したのは、このマシンの影響だ」という妄想を繰り広げる始末。
他の特撮やらアニメやらの考証違いは「しょうがねぇなぁ、オタ公はよ」で
済ませるにしても(それでも他所からガメてきた画像貼り付けるのは
大問題)、こういった車に対する間違った認識をそのままにするのはマズイと
思ったので、上記のような注釈を入れさせてもらったら「自分はコレ書くのに
キチンと調べたんだ」と逆ギレされまして(笑)。
どうせ海外サイトを検索して「このページを訳す(BETA)」をクリックした程度の
調べっぷりなんだろうけど。
まぁ他のエントリ見て、人格的に問題ありげな事は薄々わかっていたけど
どうもマイミク相手に当方を「よく調べもしないでケチつけるヤツ」と罵ったようで
だったら真実を晒してやりましょ…と、当時やっていたブログの方で
反則とは知りつつも、当時ピニンファリーナが公表したプレスリリースを
全文まるまる引用して(期間限定で)晒しておいた、という流れ。
その際、ついでと言っちゃ何だけどフェラーリF1の激変呼ばわりした箇所も
訂正入れておいた。大体'69年の312と'74年の312B3を並べりゃフツーは
「変わって当たり前」だと思うし、その間の流れ=変えたくても変えられなかった
事情…特に'72~'73年の財政難と試行錯誤の繰り返しを全く無視しているのは
マジメにモーターレーシングに愛情注いでる人達に失礼というもの。
なのでその辺の流れを噛み砕いてご説明申し上げておきました。
まぁその御仁が記事見たかどうかは知らねぇけど、
一匹狼に噛みつく事の愚かしさを知らせてやりましたとさ。
…と、『750ライダー』みたいな挨拶を書きつつ
またも拙いラクガキであります。
しかもまた一般大衆には何のキョーミも抱かせないショーカー。
どうりでこのブログ、リピーターが存在しないワケだ(イヤ、
それだけじゃないだろうけど)と嘆きつつ↓こちら。

ピニンファリーナ/シグマ・グランプリ。
1969年ジュネーブショーにて発表されたマシン。
一見レーシングマシン風ではあるが、コンペティションユースを意識した
ワケではなく、セーフティカーとしての機能性を具現化した物であり、
その成立過程で工学、医学それぞれのエキスパートが参画、さらには
レーシングドライバーの観点から故ポール・フレール、技術面からは
フィアット及びダイムラー・ベンツのアドバイスを受け、フェラーリより
提供された'68年型F1用メカニカルコンポーネントを流用した、
いわば後のESV(安全実験車)の先駆けとなったマシン。
ノーズ周辺およびボディサイドをクラッシャブル・ストラクチャーとして
乗員やガソリンタンクを守るよう設置され、タンク自体も衝突等による
破損に対応できるようコーティングされている。
乗員用ヘルメットには、シートベルト風な装置が取り付けられているが
これは衝突等のショックから首を守るものであり、随分後になって
「HANS」として(この提案とは違う形で)実用化されている。
さて、ココまで詳しく(しつこく)書き連ねたのにはワケがある。
この車に関する正しい記述がネット上にてなされていない為である。
半年くらい前だったか、単にオモチャ見せびらかして自慢しているだけの
ブログでこのミニカーを採り上げており、権威づけの為だか何だか
知らないが、このマシンの成立過程を全く無視した上「フェラーリのEgを
流用」という事実のみを拡大解釈して「後のフェラーリF1のスタイルが
激変したのは、このマシンの影響だ」という妄想を繰り広げる始末。
他の特撮やらアニメやらの考証違いは「しょうがねぇなぁ、オタ公はよ」で
済ませるにしても(それでも他所からガメてきた画像貼り付けるのは
大問題)、こういった車に対する間違った認識をそのままにするのはマズイと
思ったので、上記のような注釈を入れさせてもらったら「自分はコレ書くのに
キチンと調べたんだ」と逆ギレされまして(笑)。
どうせ海外サイトを検索して「このページを訳す(BETA)」をクリックした程度の
調べっぷりなんだろうけど。
まぁ他のエントリ見て、人格的に問題ありげな事は薄々わかっていたけど
どうもマイミク相手に当方を「よく調べもしないでケチつけるヤツ」と罵ったようで
だったら真実を晒してやりましょ…と、当時やっていたブログの方で
反則とは知りつつも、当時ピニンファリーナが公表したプレスリリースを
全文まるまる引用して(期間限定で)晒しておいた、という流れ。
その際、ついでと言っちゃ何だけどフェラーリF1の激変呼ばわりした箇所も
訂正入れておいた。大体'69年の312と'74年の312B3を並べりゃフツーは
「変わって当たり前」だと思うし、その間の流れ=変えたくても変えられなかった
事情…特に'72~'73年の財政難と試行錯誤の繰り返しを全く無視しているのは
マジメにモーターレーシングに愛情注いでる人達に失礼というもの。
なのでその辺の流れを噛み砕いてご説明申し上げておきました。
まぁその御仁が記事見たかどうかは知らねぇけど、
一匹狼に噛みつく事の愚かしさを知らせてやりましたとさ。