【クルマ画】7・巨大エイの恐怖
ガキの頃から八重洲出版の雑誌ばかり読んでる身として
例にもれず『Driver』誌も読んでいる(毎号買ってるワケ
じゃないけど)のだけど、今号のトップ記事である新型
インサイトを、さして興味なく眺めていた。
スタイリングに関してはまぁ皆さん思う通りとして、
「やっぱ横風に弱いんだろうな」とか「コレが普及すると
また燃費メーターとニラメッコした挙句、いきなり
ブレーキ踏むバカが増えるんだろうな」…等々、
運転者としては戦々恐々といった所なんですが、その中で
チョイと気になった記述が。
「エクストラウインドーは、もともとはホンダが80年代に
CR-X(管理者注:俗称サイバー)で実用化したアイデア。」
…そうだっけ?
ソレ以前にも海外の市販車にはあった気がするし、市販車
のみならずショーカーの世界では、もっと昔からこの形
(モノフォルム)追求の結果としては散見されたけどな。
ま、この辺は同誌で千葉匠さんが連載持ってらっしゃるので
そのうち触れる事もあるでしょう。
という長い前フリを経て、今回のお題は↓こちら。

イタルデザイン/ビッザリーニ・マンタ。
ジウジアーロ御大が自前のスタジオを立ち上げて、最初に
発表したのがコレ。初登場は'68年トリノショーで、同年暮に
日本の第二回東京レーシングカーショーにも出品。
招聘を担当した金古真彦氏作の「ライザーGT」と共に
日本レグランドのブースに展示された、との事。
コレが発表された事で、世界中のカースタイリング界が
どんな影響を受けたかは、後追い世代でも容易に想像が
つくというモノで、特にアルファロメオ33のシャーシが
各社に供給されてからはモノフォルムのミッドシップ車が
続々出現したワケだから(特にベルトーネ)。
とりあえず市販されたのはカウンタック位だと思うけど。
改めてマンタの写真を眺めていると「コレ、タダの
カッコつけ車じゃねーな」という事に気付く。
前述のリア小窓のみならず、スカットル側にも視界確保の
為のスリットが開けられていたり、ミッドシップ車の宿命
ともいえる足元の狭さ(カウンタックなんか酷いよ。
サブロクの軽四以下だから。前に運転した時は靴が邪魔に
なるので裸足だった)も、センターステアリングの三座と
する事でクリア…と、ロードカーとして運転する時の犠牲を
極力抑えているのであります。
そういえば半目処理のヘッドランプ周りは、後に
アッソ・ディ・フィオーリ(ピアッツァの元になった方では
なく、ヒュンダイ・ポニークーペ。発表当時はその名を
サブネームとしていた)にも採用されたっけね。
で、同車は長らく行方不明になっていた(盗難説なんかが
まことしやかに囁かれていた)が近年になって発見され、
イタルデザインの手でレストアが施されて往時の輝きを
取り戻している様であります。
よきかなよきかな。
例にもれず『Driver』誌も読んでいる(毎号買ってるワケ
じゃないけど)のだけど、今号のトップ記事である新型
インサイトを、さして興味なく眺めていた。
スタイリングに関してはまぁ皆さん思う通りとして、
「やっぱ横風に弱いんだろうな」とか「コレが普及すると
また燃費メーターとニラメッコした挙句、いきなり
ブレーキ踏むバカが増えるんだろうな」…等々、
運転者としては戦々恐々といった所なんですが、その中で
チョイと気になった記述が。
「エクストラウインドーは、もともとはホンダが80年代に
CR-X(管理者注:俗称サイバー)で実用化したアイデア。」
…そうだっけ?
ソレ以前にも海外の市販車にはあった気がするし、市販車
のみならずショーカーの世界では、もっと昔からこの形
(モノフォルム)追求の結果としては散見されたけどな。
ま、この辺は同誌で千葉匠さんが連載持ってらっしゃるので
そのうち触れる事もあるでしょう。
という長い前フリを経て、今回のお題は↓こちら。

イタルデザイン/ビッザリーニ・マンタ。
ジウジアーロ御大が自前のスタジオを立ち上げて、最初に
発表したのがコレ。初登場は'68年トリノショーで、同年暮に
日本の第二回東京レーシングカーショーにも出品。
招聘を担当した金古真彦氏作の「ライザーGT」と共に
日本レグランドのブースに展示された、との事。
コレが発表された事で、世界中のカースタイリング界が
どんな影響を受けたかは、後追い世代でも容易に想像が
つくというモノで、特にアルファロメオ33のシャーシが
各社に供給されてからはモノフォルムのミッドシップ車が
続々出現したワケだから(特にベルトーネ)。
とりあえず市販されたのはカウンタック位だと思うけど。
改めてマンタの写真を眺めていると「コレ、タダの
カッコつけ車じゃねーな」という事に気付く。
前述のリア小窓のみならず、スカットル側にも視界確保の
為のスリットが開けられていたり、ミッドシップ車の宿命
ともいえる足元の狭さ(カウンタックなんか酷いよ。
サブロクの軽四以下だから。前に運転した時は靴が邪魔に
なるので裸足だった)も、センターステアリングの三座と
する事でクリア…と、ロードカーとして運転する時の犠牲を
極力抑えているのであります。
そういえば半目処理のヘッドランプ周りは、後に
アッソ・ディ・フィオーリ(ピアッツァの元になった方では
なく、ヒュンダイ・ポニークーペ。発表当時はその名を
サブネームとしていた)にも採用されたっけね。
で、同車は長らく行方不明になっていた(盗難説なんかが
まことしやかに囁かれていた)が近年になって発見され、
イタルデザインの手でレストアが施されて往時の輝きを
取り戻している様であります。
よきかなよきかな。