私が12年間お世話になった学校の とある偉い方のお言葉。
そんなことは良いのだけど。



正直に正直に生きていこうと思う。

9月下旬、私は大きな選択ミスをした。
1ヶ月で やっぱり正直にならざるを得なくなった。

心のどこかに嘘をついて 見ない振りして生きていくなんて出来ない。
嫌なことは嫌。自分を偽ったら些細なことが蓄積して大きな失敗をすると思う。

優しい人の優しい言葉に甘えて 優しくされ続ける状況が心地良いとは限らない。
一人で居た方がよっぽど幸せなことだってあるよ。

謝るのも違う。過剰に謝ることで許して貰うなんて、とっても自分勝手だし
自分の気持ち、考えを、嘘偽りなく正直に伝えることが私に出来る精一杯の誠意と謝罪。
そのスタンスは昔からずっと変わらない。



もう一つ 正直に行動したことがある。
これは自分の気持ちに正直なあまり、もしかしたら取り返しのつかないミスだったのかもしれない。
ずっと特別になりたいと思ってた。
甘えられているのかな。
こんな特別で本当に良かったのかな。辛いな。

これから、ずっと、ずっと、続くのかな。
それでも特別だったら、それでいいやと思っちゃう私も、あなたを甘やかしてるんだね。
正直 私が多摩美にはいって 人間関係を 円滑にしたりだとか
私自身を よく見られたいだとか

そこまで考えずに生きてきたように思う

4年間の大学生活というのは とても濃い時間で 一生の友達が出来たりとか
大人になったらもう一度戻りたい 輝かしい青春なのかなと 夢見ていたのだけど

私にとって多摩美は 実は少し居づらい学校だった
何故かは 分からない

かといって 学習院の友人と話していても何か違う気がして これだったら多摩美の方がいいなと思うこともあり
どこに居れば居心地がよかったのか 全然分からずにいる

今私が仲の良い多摩美の友人(もしかしたら、私だけが仲良いと思っているのかもしれないけれど)と同じように
例えば休みにどこかに遊びに行ったりだとか、お茶しようよ、って誘えたりする関係の人って

多摩美に何人いるかな 両手で数える程度



昨日 予備校から もう5年目の付き合いになる友人に 突然 嫌いだと言われた

嫌いという負の感情は 正の感情よりもはるかに大きい
彼がそう思うに至った経緯というのは私にも分からないし もしかしたら5年前から嫌いだったのかもしれない

存在がストレスで、腹が立つと言われた
もう関わりたくないと言われた

生まれてはじめて言われた言葉だった



好かれる為に生きようとしてこなかったし 私はあくまでも 私の為に生きているし
自己主張が強いし 適当だと思うし 責任感の強い彼は今までさぞかし私が憎かったのでしょう

でも その負の感情に今まで気がつかなかった

びっくりした






誰からも好かれることは出来ない
相性があるから

でも ここまで嫌われるのは どう考えても 私に非がありすぎる訳で
今まで辿ってきた道筋を 思い返している

多少の心当たりはあれど
そこまで言われるほどの酷いことをした記憶が 本当になくて

それは私の性格に 人として最低な 欠陥があるのかもしれないし
ただ単に相性が悪かった のかな そんな言葉で済ませて良いのかな







人間関係 という言葉は嫌い
でもそれが人生の大半だと思う






これから企業に入り もしかしたら 40年 お世話になる同期達がいる
大切な恋人もいる



私は 今まで通り 生きていきたいけれど
私という存在で 誰かにストレスを与えるのは これで最後にしようと思った




出来るか分からないけれど




本当に これで最後にしようと思った






教えてくれて ありがとう