冬の札幌は何かが起こる。

 

2002年2月1日、北海道立総合体育センターのリング上で、蝶野正洋がマイクを持った。

 

「新日本プロレス、このリング、我々の上に、一人、神がいる。ミスター猪木!」

 

大歓声と猪木コールのなか、アントニオ猪木が入場して来た。

 

リングインすると「元気ですか!」といつものように叫んだが「俺は怒ってるきょうは。新日本からしばらく離れている間に、いろんなことが起きてる。武藤がどうしようと、馳がどうしようと、そんなことはどうでもいい。新日本プロレスの心臓部、機密まで全部持って行かれて、指をくわえて見てる。こんなヤツは許せんぞ!」

 

猪木の怒りに緊迫した空気が流れる。

 

「そうしたら、蝶野が立ち上がって来た。今の世の中が、怒りを忘れてしまった時代に、俺たちがリングで本当の怒りをぶつける。それがみんなに伝えるメッセージなんだ。新日本イズムとはそういうものだと思う。違いますか!?」

 

猪木の呼びかけに大歓声が上がった。

 

「蝶野! 怒ってるかおめえは?」

 

蝶野コールが起こる。蝶野は険しい顔で無言のまま。

 

猪木は「聴いたか! この声を。おまえに期待してるんだぞ」

 

蝶野がマイクを持つ。「会長。オレも新日本で闘うレスラーとして、新日本にも、それから、オーナーの猪木さん、それから、新日本の象徴の、オレらの神であるアントニオ猪木に聴きたい。ここのリングでオレは、プロレスをやりたいんですよ!」

 

猪木は「引退してから俺は4年が経つ。覚えているかな? この道をゆけばどうなるものか。危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばそのひと足が道となる。迷わずゆけよ。ゆけばわかるさ。いいか。今の世の中はなあ。みんな縮こまってしまって、夢も希望も潰れてしまった。力道山が戦後に、敗戦中で夢をなくした国民に、闘いを通じて夢を与えてくれた。それが力道山イズム、猪木イズム。おまえたちが継いでくれなくて誰が継ぐ!」

 

大歓声がわいた。

 

「出て行ったヤツは構わない。災い転じて福をなすじゃないが、本当に今、世界に発信しなきゃいけないプロレスの時代が来ている。インターネットを通じて世界の隅々までプロレスを観てくれる時代がもうそこまで来ている。そのために本当のプロレスをやってほしい。そのために俺は外に旅に出てメッセージを送り続けた。この4年間。小川と橋本の試合、そしてこの前も10月にいろんなことで俺に相談に来たから、三つ巴という試合を提案した。それも拒否した。12月31日、今まで歴史になかった紅白と同じ時間帯で、最高の視聴率を取った」

 

大歓声が巻き起こる。猪木は蝶野に向かって話す。

 

「今おまえに教えよう。おまえはただの選手じゃねえぞ。これからいいか! プロレス界全部を仕切っていく器量になれよ。どうだ!?」

 

蝶野コールが起こる。

 

蝶野は「猪木さん。オレに全て任せてほしい。この現場の全てをオレがやりますよ。藤波! オイ長州! ここはオレに任せろオラえええ!?」

 

ここで蝶野は、リングサイドで話を聴いていた選手に向かって叫んだ。

 

「オイおまえら! 誰かほかにやるヤツいねえのかオラえええ!?」

 

すると、中西学、永田裕志、棚橋弘至、鈴木健想がリングに上がって来て猪木と向き合う。

 

猪木が中西に「おめえも怒ってるか!?」

 

中西は「怒ってますよ!」

 

猪木が「誰にだ?」と聞くと中西は「全日本に行った武藤です」

 

なぜかトーンが下がった猪木は「おまえはそれでいいや」と言い、永田に「おめえは!?」

 

永田はしばらく無言のまま猪木を睨んでいたが「全てに怒ってます」

 

「全てってどれだい?」と猪木が聞き返す。「言ってみろ。俺か、幹部か、長州か?」

 

永田は「上にいる全てです」と答えると、猪木は「そうか。ヤツらに気づかせろ」

 

猪木が鈴木健想に「おめえは!?」と聞くと、鈴木は「僕は自分の明るい未来が見えません!」

 

「見つけろテメーで!」と猪木が怒鳴ると、会場が笑いに包まれてしまう。

 

しかし深刻な事態で、本人たちは真剣そのものだ。

 

棚橋は猪木に聞かれる前に叫んだ。「オレは! 新日本のリングで、プロレスをやります!」

 

猪木は「まあ、それぞれの思いがあるからそれはさておいて、おめえたちが本当に怒りをぶつけて、本当の力を叩きつけるリングをおまえたちが作るんだよ。俺に言うな! 俺は4年だ引退して。テメーのメシの種はテメーらで作れよ! いいか!」

 

ここで猪木が突然「きょうはテメーらみんな握手しろ」と言う。

 

蝶野が真っ先に永田と握手を交わした。蝶野は中西やタナケンとも握手する。天山も永田、中西、タナケンと握手をしていった。

 

猪木は「それじゃあ、俺に代わって、皆さんにメッセージを送れ」と蝶野にバトンを渡す。

 

蝶野はリングを指差し「もう一度ここで、最高のプロレスラーのレスリングを、もう一度蘇らせる!」

 

猪木は「テメーらに言っとくぞ。俺がチョロチョロ出てくる場を作るなよ。なあ、やるか!」

 

上着を脱いだ猪木が「それぞれの怒りも全てぶつけてくれ! 行くぞ! イーチ、ニー、サーン、ダー!」

 

猪木は中西と握手をして闘魂ビンタ! 永田にも握手して闘魂ビンタ! 棚橋は闘魂ビンタされたあと前に出た。

 

鈴木にも闘魂ビンタ! すると猪木問答には加わらなかった柴田勝頼がリングに上がって猪木に何か言った。

 

猪木は思い切り柴田に闘魂ビンタ!

 

プロレス史に残る猪木問答は無事に終わった。