『戦慄のプロレス』の中で書けなかった「魅せるプロレス」と「セメント(真剣勝負)」について詳しく語りたい。

 

プロレスの試合の大半は観客をオーバーヒートさせることを第一の目的とした「魅せるプロレス」である。

 

もちろん勝負の世界だからお互いに本気で勝とうとしているのが大前提。結果的にそのほうが盛り上がる。

 

全日本プロレスやプロレスリング・ノアの王道プロレスのように、大技合戦でカウント2.99で跳ね返す攻防はファンもエキサイトする。

 

この技は決まっただろうと思っても、カウント「ワン、ツウ、ス・・・」で返して「オオオオオオオオオオ!」と会場にどよめきが起こる。

 

しかし、プロレスは格闘技であると同時にビジネスであり、興行だ。多い時で年間200試合をこなしたレスラーもいる。

 

つまり毎日試合があるのに、毎試合ボクシングのような真剣勝負をやれば確実に死ぬ。

 

だからお互いに相手選手に怪我を負わせるような技は掛けない。間違っても関節技で腕や脚を折るようなことはしない。

 

一線を超えないことを暗黙の了解で試合しているので、ボクシングや総合格闘技とは異なる。

 

観客を魅了する「魅せるプロレス」がプロレスの試合の主流で、真剣勝負にしか見えない試合をするのがプロのレスラーだ。

 

ところが、レスラーも人間。試合中にマジギレしてセメントになってしまうことがある。「シュート」や「ガチンコ」とも言う。

 

 

グレート・アントニオは、アントニオ猪木に対して、まるで格下扱いのようなふざけた試合をしたので、猪木がマジギレ。

 

怒り心頭の猪木はグレート・アントニオの顔面に何度も何度も本気のキックを炸裂させ、グレート・アントニオは戦意喪失した。

 

 

柴田勝頼が、総合格闘技さながらの本気のキック攻撃を繰り返すので、藤田和之がキレた。

 

鬼の形相で猛然と襲いかかった藤田和之は、柴田勝頼に殴る蹴るの暴行。ほとんど喧嘩だ。鬼気迫るものがあった。

 

 

セメントで有名なのは、前田日明VSアンドレ・ザ・ジャイアントだ。

 

前田日明は普通に魅せるプロレスをしようとしていたが、アンドレはなぜか始めからセメントモードだった。

 

自分の技を一切受けずに危険な技を仕掛けるアンドレを不審に思った前田が、セコンドの星野勘太郎に「やっちゃっていいんですか?」と聞く。

 

星野勘太郎は「俺に聞くな」と逃げた。「ビッシビッシやってやれ」とは言ってくれなかった。

 

次に藤原喜明が来て「おい、やられるぞ!」とこれがセメントになっていることを教えてくれた。

 

ならばと前田日明も故意に膝を折るような危険なローキックを炸裂させる。

 

アンドレは首をへし折ろうとしている。前田は脚を折ろうとしている。それがお互いにわかり、入り込めなくなってしまった。

 

まさに真剣と真剣で斬り合う寸前の状態で、両雄はただ睨み合ったまま、リング上をぐるぐる回っているだけなので、ファンが騒ぎ出した。

 

激しいヤジが飛ぶ。それでもお互いに入り込めない。ついにアントニオ猪木が出て来て試合を止める方向に傾く。

 

アンドレは「こんな試合やってられるか」とばかりに大の字になって寝てしまった。

 

すると、前田日明は、アンドレからカウントスリーを奪ったら高額な賞金をもらえることを思い出し、カバーの体勢に入ったが、誰もカウントを数えてくれなかった。

 

結局、ノーコンテスト(没収試合)となった。

 

当時は観客も意味がわからず「金返せ」という気持ちだったかもしれないが、これが伝説の一戦として今も語り継がれているので、会場で観戦したファンは歴史の証人になれたわけだ。

 

前田日明とアンドレ・ザ・ジャイアントは、セメントをやったらプロレスの試合が成立しないことを見事に証明してみせた。

 

 

長州力率いる新日本プロレス軍団と、高田延彦率いるUWFインターの全面戦争は、殺伐とした危険な空気が流れ、真剣勝負にしか見えなかった。

 

ところが、後々裏話を聞くと、あれは観客を魅了する「魅せるプロレス」だったと知り、驚いた。さすがはプロのレスラーだ。

 

Uインターの田村潔司が高田延彦に「これはセメントですか?」という趣旨のことを聞いた。高田は「違う」と答えた。すると田村は「なら参戦できない」と、全面対抗戦への参戦を断った。

 

プロレスは奥が深い。簡単に語れるものではない。