(その19のつづき)
 
とうとう最終日です!8/10になってしまいました!
 
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E平さんのお母さん(お姑さん)はすでに近所の畑を手伝いに朝早くから出掛けられていた為、この中には入っていません。
 
5日間本当に色々とお世話になりました。
 
この日は屋久島空港発17時頃の飛行機だった為、半日以上はまだ観光出来る状態でした。
とはいえ、あまりハメを外し過ぎて飛行機に乗れなくなった、、、というわけに行かないのでその辺は穏やかに過ごそう、と言うことになりました。
 
やはり屋久島の事、屋久杉の事をちゃんと知っておこう、と行った所は屋久杉自然館でした。
 
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この背景にあるのはかなり巨大な「土埋木」なんでしょうかね?今、この画像見て気づきました。
 
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はい、入り口のすぐ横には「宇宙屋久杉」がありました。
どなたか忘れましたが、宇宙飛行士の方が宇宙に持っていった屋久杉の種が発芽して立派に育っているのです。
 
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ハイ、こんな感じです。
 
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中には私の興味をそそる展示がいっぱいでございました。
 
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館内は素足で入るようになっています。床はこのように杉板をはめ込んで作られています。
この板は敷いてあるだけらしく、歩くと「ポコポコ」という感じで若干の浮き沈みがあるんです。この杉板から何だかぬくもりを感じるんですよね。
 
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残念ながら、この新聞が発刊された時にはまだ私はこの世に生まれていなかったのです。
あの縄文杉は昭和42年に発見されたんですね。これは意外でした。もっと江戸時代とかせめて明治、大正ぐらいには見つかっていたのかと思ってましたから。
 
まぁ今ではちゃんと登山道が整備されているから、多少の苦労で行き着くことができますが、当時道なき道を登ってたどり着いたんでしょう。そう考えればよく見つけたな、と思わずにはいられませんね。
 
と同時に、まだまだ屋久島の中にはこれ以上の屋久杉があるかもしれない、って事にもなるのかな?と。あの深い山なら可能性は十分でしょう。
 
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はい、次は年輪の話をしましょう。この切り株はいったい何歳でしょうか?
 
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はい、正解は1660歳でした。
でも、それだけのご高齢の割には意外にホッソリ系?屋久杉自体が基本的に年輪が細かいというのもありますが、この説明にもあります通りその時期時期で成長できなかったり、すごく出来たりとかで左右されているんですね。
普通の樹木なら1600年も生きることはまず無理でしょう。
 
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続いてまだ年輪の話ですが、これは屋久島に生えている「地杉」です。屋久杉ではありません。
一方、屋久杉はというと?
 
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明らかに屋久杉の方が、年輪が細かいということが分かるかと思います。
 
以前にも書きましたが、屋久島は花崗岩に占められる割合が高い島です。植物たちには土壌的には恵まれた環境、とは言いがたいんですね。
植物、ここでは屋久杉になりますが、岩になんとか掴まるようにして何とか栄養を確保しようと必死に生き延びていたりするわけです。土壌的には恵まれていなくても、屋久島の亜熱帯気候(とにかく雨が多い!)ことで屋久杉というこの島固有の杉を育むことが出来たのでしょう。
 
そんな厳しい条件の中、成長はゆっくりであっても逆にそれが強く、かつ美しく、その姿を形作ったのでしょうか。
 
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他の樹木たちはこんな成長の仕方をするのでしょうか?専門家ではないので分からないのですが。
「他の樹木を蹴落としてまで」というより「もう俺の命はダメだから後はお前に託すぜ」的に見えるのは私だけでしょうか?
彼らは命のリレーをしっかりと行って来たのかと察します。
 
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他にも色々な展示があったのですが、最後のご紹介はコレです。チェーンソーです。
昭和30年代から使われるようになったとか。それまではデッカイ鋸でギーコギーコやってらっしゃったんです。
 
チェーンソーの登場で伐採スピードは飛躍的に速くなったそうですが、このチェーンソー、な、な、なんと!30キロもあるんです!当時の山師の人たちはこれを担いで足元の悪い山道を歩いておられたんです。もうそれだけでも凄い体力です。
 
一人、集中して展示を見入っていた為、ふと総入れ歯(そういえば)子供たちはどこ?
 
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アズサは「年輪当てクイズ」に集中してました!(笑
結局、回答はニヤピンにもならず・・・かなりの時間を費やしていたのに、まぁ仕方ないね。
 
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ソーイチローは屋久杉パズルにふけっていました。
 
映像コーナーでは屋久杉の伐採事業がまだ行われていた(昭和43年頃まで続いた)当時の映像(NHKスペシャル的な)が流れていのいたですが、私そういう古い映像見るの大好きなんで食い入るように見てしまいました。
 
時間が許せばもう一回転見たかったのですが、、、まぁ次回の楽しみにしておきましょー。
 
ところで、ここの展示物って撮影オッケーやったっけ?(苦笑
 
 
(その21につづく)
 
読んでいただいてありがとうございました。