(その6のつづき)
さぁ、縄文杉へ向けて出発しました!

おっと、その前に今一度出発前の一行の画像を。
皆さん、完璧な「雨装備」の扮装(いでたち)です。まぁ結局はもの凄い雨のおかげで合羽着てた意味あったの?って感じでしたが。
まぁ皆さん、自転車で雨の中を走った記憶を読み戻してもらって、いくら「夏」といえどズブヌレ状態だとさすがに体は冷えてくるわけで、その「冷え」から体を守るために有効だな、と改めて思った次第です。
「雨具」はHELLY HANSENのアウトレットで買いました。HELLY HANSENって高級ブランドらしいですね。私、まつたく知らんかったんですが。
一番安く抑えて、子供用の上下セットで1万円でした。私のんは1.5万円、あやべえのんはなんと!2万円!(これはホント計算外でした・・・苦笑)
結局、あやべえと「買っといて正解やった」って何度も言い合いましたから、価値は十分にあったと。
屋久島内(宮之浦港辺り)に登山グッズのレンタル屋さんがあるので、別に買わなければいけない、というわけではありませんが、やはりその目的にあった「最低限の装備」は必要不可欠である事は言うまでもありません。
ほぼ、6時キッカリに登山口をスタート!皆さん、無事帰って来れるか、不安と期待が入り乱れている感じ、まぁごもっともな気持ちだと思います。

ちょうどスタート地点です。
レールが敷かれているでしょ?これはその昔、伐採された屋久杉を運ぶために作られた森林鉄道の線路です。
縄文杉へのコースの半分以上はこの線路の上を歩いて行きます。
ちょっと「スタンド・バイ・ミー」状態になっちゃう私は年齢がバレちゃいますか!?
凄い雨の中だったんでねー、、、そんな思いなんて考える暇なかったっすね。
まぁそんなわけで、自分が機関車(トーマス!?)になった気分で山を上り始めました。出発進行!ピッピー!
ちなみにちなみに、この鉄道は今も現役だそうです。山の上の方にあるトイレのし尿を運んだり、土埋木を運んだりしているそうです。タイミングぅが合えば、実際に線路の上を走る機関車を見ることが出来るようです。
(YouTubeで何個かアップされているので気になる方はご覧あそばせ)

程なくして、結構な高さの橋梁を渡ります。
両側に手すり?がありますが、線路の真ん中を歩かないともし足を滑らせて、そのまま川底に・・・みたいな可能性もナキニシモアラズ。
すでに断続的な雨だったので、iPhoneでの撮影は諦めデジカメで撮り始めました。
それにしても?画像に写り混んでる「白い球」みたいなのは何だろ?レンズの中が結露してたからかな?
その時はその理由は分からなかったのですが、これが後ほど明らかになるのです。
それについては後日、書きたいと思います。

その橋梁の真ん中辺りから撮った渾身の!?一枚!(だって高所恐怖症だもん!笑)
ここにも結構な数の白い球タマちゃんが写ってますね。

途中、こんな素掘りなトンネルもあります。かなり画像はボケてますが敢えてアップ致します。
この森林鉄道が出来たのは大正14年?だったかな?すでにもう何年だろ?まぁかなり昔から有るわけです、はい。
総入れ歯(そういえば)このトンネル内の照明、センサーライトになってましたね。
一行から少し遅れながら、面白い画像は撮れないか、と探しながらの前半戦でした。
この枕木(線路の)の上を歩くのが結構辛くて、出来るだけ枕木の上を歩かないと小刻みな段差で歩きにくいんですよ。で、この枕木ちゃんも某一流鉄道会社のようにキッチリとした間隔を計算しているようなものではなく、枕木と枕木の間隔が広かったり狭かったりするんです。
ようは、自分の歩幅で歩くことができない、わけです。枕木の間隔次第、これは地味にキツカッたです。
さほどの勾配は無かったのですが、(自転車ならアウターでも登れるくらい)雨は小雨になったきて合羽着ているほうが汗で蒸れちゃうので、上着だけ脱ぎました。

小刻みに小休止。

ひたすら歩き続けます。目前の青い合羽姿は娘のアズサです。すでに彼女の身長は162cmあります。

時にはこんな橋梁も渡ります。
まぁさほど高さは無いですがね、雨で濡れていたので足を滑らせる可能性があるので気をつけて行きました。

こんな感じです。高所恐怖症な方は多少「チンサム」になることでしょう。
もう何時間歩いたでしょうか?とりあえず、小杉谷まで来ました。

ここの橋梁はかなりの高さですよ!一昔前の画像を見ると両側に手すり?がないんですよね。その頃はさぞスリリングだったでしょう。

この頃はまだまだ余裕のある、娘アズサでした。

橋梁からの画像です。
このゴロゴロと佇む花崗岩?でしょうか?その大きさ、スケールの違いにビックリでした!
もちろん、川の水量、流れの速さ、キツさも凄かったです。ゴーッって言ってました。

反対側はこんな感じでした。

というわけで、小杉谷に到着しました。
その昔、(今は伐採できないのですが)屋久杉の伐採事業が活発だった時代、その仕事に携わる方々の生活拠点だったのです。ここで標高660mです。
最盛期にはかなりの人達が住まわれていた、とのこと。だって小中学校があったくらいなのですからね。
このあたりから、あやべえ(嫁)さんが「あぁー、ウ○コしたいわー」という言葉を頻繁に発する様になりました。
実は実は(週刊実話)出発して間もない頃から、ズン、ズン、と腸を下がり始めていたらしく、そろそろ我慢の限界に近づいてきた、との事。
E平さん奥さんが「確か、もうちょっと先にトイレがあったような記憶があるねんけどなー」とおっしゃられました。
「こりゃー、最悪あんた(あやべえ)を囲んで隠したるから、野○ソするしかないなー」って私らしいネタを一発かましておきました。
なかなか近づかないトイレに「確か、この辺やったと思うんやけど、無くなったんかなー!?」とE平奥さん。
もしかして?かなりヤバいの?
あらら、、、これマジで野グ○しなきゃならないんかな?
(その8につづく)
読んでいただいてありがとうございました。