まいどです。
大関魁皇が引退されましたね。
確か、あの方の年齢は私より一つだけ年下、だった気がします。ということは39歳くらいですか?
よくぞ、その御歳まで「プロ」の世界で生き続けました!まずは月並みな言葉ですが「凄い!」の一言に尽きます。
先程、千代の富士関の勝利数記録を抜いた取り組みをニュースで見ましたが、まだまだ当たりもいいし、腰は重そうだし、体の動きはいいし、まだまだ現役として活躍できそうな感じがしました。
でもね、私はこう仮定しました。
「彼はもっと早くに引退したかったのでは?」と、、、一見キレの良いと見える体は、実はあちこちから悲鳴を上げていたのではないかと。
ここ数年間の相撲界の不祥事、まぁ細かい事をここで書きませんが、ここまで彼が現役で相撲を取ること、相撲を取らせた事は、相撲を取らなければならなかった理由は、その数年間の彼の周りで起きた出来事のおかげ(せい?)だったのではないかと思うのです。
その不祥事による相撲人気の低迷に危機感を持っていた事、そして上位陣がほぼすべて外国人力士で占められているという事、これは別に外国人力士を非難しているわけではないですよ。彼らは立派に相撲界を活性化しようと努めておられます。
彼はそんな相撲界の状況に対し「自分に出来ることは何か」と考えた時、「歴代の大横綱・千代の富士の記録を塗り替えよう」と決め、今日までやって来られたのではないかと思えるのです。
私が相撲に興味を持ち始めたのは、大学在学中でした。
今思えば、何がキッカケだったのか?まったく覚えていませんが、確か旭富士が横綱で最後の優勝を決めた取り組みを見たことを今でも鮮明に覚えていますから、たぶんそれでしょうね。
(ウィキペディアで調べたら平成3年5月場所でした。私がちょうど20歳の時、ちょうど20年前)
それから、若貴時代があって、曙が居て、小錦が居て、武蔵丸が居て、舞の海の猫だましがあって(笑)あの頃は、毎晩「大相撲ダイジェスト」を必ず見て各力士の勝敗をチェックしてましたから。それくらい相撲に熱中してました。
魁皇関はその頃から、現役だった恐らく唯一の力士、のはずです。
(1994年春場所で曙から初金星を取ったそうなので・・・これもウィキペディアからの情報です)
大学を卒業して、就職していつの間にか相撲への思いも薄れ、それでもたまに中継やニュースの勝敗表を見たら「おっ、魁皇、まだ頑張ってんねんなー、すごいなー」って程度には気にしておりました。相撲に対して私の興味がほとんど無くなった間も、彼は相撲を取り続けていたのですよね。
魁皇関、これほどカッコイイ人は居ないと。言葉ではなく、今までの生き様、やってきたこと、残した結果だけで、これほど自分を表現出来るなんてかっこ良すぎます。自分的にも同じことを長く、続ける、って事を凄く美徳と考えるところがあるので、余計に憧れてしまうのでしょう。
私の中では、彼の引退イコール、何だか「一時代」が終わったような気がして仕方がありません。 とりあえず、今までお疲れ様でした。と心から申し上げたいです。
そして、これからの彼の人生、また地道に「一途に」続ける、続けられる何かを探し出され、「精進」されるのでしょうか。
今日もお越しいただき読んでいただいてありがとうございました。