彼が逝ってから10日。

怒涛の新潟滞在からちょうど一週間が経ちました。


なんで久々にこの書庫をアップしようかと思いますね。


あまり暗くならず、出来れば明るく書いて行こうかと、、、その方が彼も喜ぶでしょうし。

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黎明期

さて、彼との出会いはやはり自転車のチェーンの一コマ一コマを伝うように、私に舞い込んで来ました。

彼の実家は某ご商売をされています。で、彼は将来そのご商売を継ぐ為?(直接本人から聞いた事はありませんが)大阪に修行に来ていたのです。


とある講習会(その商売に関わった)に、さるきちと同じく参加していた女性に

『私のお父さん、自転車チームやってるんやけど一回来てみる?』


当時のさるきちは、その言葉をどう受け止めたのでしょうか?
まだ自転車を始めて間もない頃、自転車もそれほど立派なものを持っていなかったですし。


その女性とは闘魂レーシングチーム前リーダーだった闘魂マスターの娘さんMちゃん、だったのです。

そうなんです。Mちゃんがその言葉をかけてくれていなかったら彼とはずーっと赤の他人だったんです。


私が買いたてのロードレーサーを見せた時、「一度一緒に淡路島走りに行こうよ。」と言ってくれた闘魂マスター。。。ホントに面倒見の良い方で未だにお世話になっております。



『今日新しい子が来るンやって』

へぇー、、、どんな子やろ?

まぁ最初はその程度でした。


そして、さるきちは現れました。たぶん始めまして、とか挨拶したんでしょう(笑

その時の彼の自転車はライトウェイのクロスバイクをドロップハンドルに交換したもの。コンポは105でした。自転車を始めたての人間にとっては結構な出費だったと思います。

たしか、さるきちに同じことを聞いた様な?結構痛かった(出費が)みたいな事を言っていたような気がします。


彼との初サイクリングは、なんと淡路島サイクリング!いきなりのロングコース。
いきなり最初から淡路島に来るとは。。。今思えば結構な冒険でしたね。

ちなみに闘魂レーシングチームでは淡路島サイクリングを結構な頻度でやっていました。なんで、さるきちとは結構な回数、淡路島を走っています。


まだビンディングペダルを知らなかった彼が私たちの隊列の間に入って必死に付いてくる姿を、目を閉じてればすぐにでも思い出すことが出来ます。

それにしても・・・当時から凄いケイデンスでしたよ。( ̄m ̄〃)ぷぷっ!

もう既に「ペダルは踏むものではなく回すもの」とアランさんの教えを知っていたかもしれません。( ̄ー ̄)ニヤリッ


なんやかんやと言いながら、100キロ強の距離を無事完走したのでありました。
恐らく?彼の自転車への情熱に火をつけたのは、この淡路サイクリングだったような気がします。

もし未だ生きてくれていたなら聞いておきたかったですがね。


では何故?そんな気がするか?って?

その次から彼の自転車はあのお馴染みの『LOOK381ジャラベールモデル』に変わったからです。( ̄m ̄〃)ぷぷっ!
アレにはホントびっくりしました。。。周りを驚かせるのも彼の趣味だったのでしょう。

私がすでに乗っていたキャノンデールに憧れてくれたのかどうか?それは分かりませんが、カワ○ハダでキャノンデールかLOOKにしようか、かなり迷ったって言ってました。

まだコンポはライトウェイから移し変えた105でした。


しかし・・・それから怒涛の如く、会う度に会う度に豪華になっていくLOOK・・・ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆

コンポはデュラ(タダQさん的に言うならヅラですね)にクランクはFSAのカーボンに、ホイールはマビックのキシリに。

まぁ自転車の事分かる方ならどれ位つぎ込んだか、お分かりかと思います。


自転車のメカも好きなら、走り方にも興味を持っていました。

だいたいのバイク雑誌は読んでいたのでしょう。より良いペダリングについて話し合ったりしてました。
私も当時から楽に速く走るにはどうすればいいのか?には興味があったので、よく意見を交換しました。


というわけで、今日はここまでにしますね。

さぁー次回はいつになるやらー。^^