ファスティングセラピスト さわぴーです。

 

 

からの続き

義母が亡くなって、葬儀が終わり、1年ぐらいは主人は香港に単身赴任で仕事をし、
私は2人の子供と一緒に義父と一緒に夫の実家で暮らしました。
お義父さんは定年退職して家にいて、子供の面倒を見てくれて平和な日々でした。

義母の面倒を見るときに覚悟を決めて、香港には戻らない覚悟で完全に帰国するというつもりでした。
義父も大きな家で1人で暮らすことになるので、にぎやかな方が何かあったときにも安心かとおもったのです。

義母が亡くなって2年後ぐらいに義父の大腸癌が見つかり手術を受けたのですが、

大腸を30㎝も切り取って、人工肛門になり、その時余命宣告が3か月ということでしたが、

それから約2年後に亡くなるまで、ほぼ自宅で過ごすことが出来ました。

ところで義父が亡くなる9カ月ぐらい前に私は第3子を妊娠しました。
主人は海外に単身赴任、3人目を妊娠しながら、2人の子育てしながらの介護は大変でした。
子供の小学校のPTA会長もしていました。さすがに産前産後3カ月はPTAの仕事は休みをもらいました。

妊娠・出産と介護、おまけにPTAの会長まで!!
そして長男は中学受験を控えて毎日塾通いで車での送り迎えがあり、我ながらよくやったと思います。
 

義父が自宅最後の日に白玉ぜんざいを作ってあげたら、

食欲も落ちていたにも関わらず、おかわりをして食べてくれたことを今でも時々思い出します。

次の日の朝早く、時刻は6時半頃

義父に「もう(痛みに)耐えられないから救急車を呼んでくれ」と言われて救急車でそのまま入院になりました。

その後私は出産準備に奔走し、1週間で次男を出産しました。高齢出産(42歳ぐらいだったと思います)なので、無痛分娩で出産の日にちが決まっていたので、陣痛はなかったのですが、一人でタクシーを呼んで病院に行きました。

めっちゃ豪華な病院でホテルみたいな素敵な部屋で、ランチにロゼワインがついたフルコースが付きました。産後のマッサージもあり至れり尽くせり。母子が別室で時間が来たら子供のいる部屋におっぱいをあげに行くだけでした。退院すると家事と病院のお見舞いで大変になるので、10日間ぐらい入院して一人でゆっくり静養できました。恵まれていたと思います。

私のお見舞いよりも、余命わずかな義父のお見舞いに行く方が家族は圧倒的に多く、ツインベットの部屋も誰も泊まることなく、友達でも呼べばよかったなあと思ったりしました。

香港で主人がビジネスで成功していたので、子供を私立に通わせたり、お金はありました。
帰国してから義母の介護をするときも、数日に一度は家政婦さんにお願いしていました。それが私の産後には毎日来てくれたり、家政婦さんが義父のお見舞いにもいってくれていました。

出産と介護が重なったことは大変でしたが、身体を拭いてあげたり、シップを貼ってあげたりぐらいで、下のお世話はほとんどすることはありませんでした。(ベットにロープを付けてくれと言われ、それを手繰り寄せて起き上がり、一人でトイレに行ってくれました。)
義母(1か月)と比べて介護時期は2年と長かったのですが、介護の内容自体は一番と言っていいほど楽でした。
あと2人続きますが、これからが壮絶な介護人生になってきます

その3に続く