サワミの高山村記 -4ページ目

サワミの高山村記

2012年4月、群馬県高山村に嫁ぎました。
2013年8月、一児の母になりました。
2014年9月、二児の母になりました。
文化・風習・農業・子育て・・・分からない事だらけだけど、日々ある小さい発見や嬉しかったことなどをゆる~~くいろいろ綴ってます。


突然ですが、長男は、ほぼ全くお絵かきに興味を持っていないようです。私があまり絵を描くことが無かったせいだと思うのですが、それもなんだかな〜。そこで、まずは自分がお絵描きの楽しさを知ろうと思い「簡単に描ける」系の本を借りてきてみました。 


「たのしい絵かきうた」

「かんたんにかわいく描ける」

「だれでもすらすらと…


キャッチフレーズに魅了されて借りて描いてみたものの、描けば描くほど辛い気持ちになりました。簡単なのにおかしな出来上がり。


因みに長男は無関心ですが、二男にはヒットしました。あれ描いてこれ描いて、とリクエストされます。でも、出来上がりを見せると「なんか違う」と最もな感想を述べられます。 挙句「ちょっと似てるね!」と気を遣われ、その優しさが余計辛い。


そんな話を母親にしたら「しょうがないよ。お母さんも図工無くなればいいとおもってたし」と言われました。そういえば、母親とお絵描きした覚えがありません。脈々と受け継がれているのね、と納得です。


でも、絵は観るのも飾るのも大好きです。ちょこちょこっと、イラストが描けるのも憧れます。


お絵描きの楽しみに気付けるかどうかは分かりませんが、しばらくは二男のリクエストに応えるという試練を耐えていこうと思います。






だいぶ遅くなりましたが・・・8月12日に第三子が生まれました。

上二人の妊娠中に切迫早産になったため、今回も危ないのではないかと散々心配をかけ続けた十月十日。 

溶連菌感染症になったと同時に妊娠発覚、その後自分は、長い吐きづわり、副鼻腔炎、インフルエンザ、子供たちは喘息発作、インフルエンザ、手足口病、嘔吐下痢、水疱瘡・・・とやたら病院のお世話になることが多々ありましたが、幸い切迫になることはありませんでした。 


三人目だし、早く生まれる、といわれながらも予定日まで何事もなく、普段通り仕事をする毎日でした。 暑い暑い夏でしたが、作業場は涼しかったし、夫とたくさん話せて楽しかったし、息子たちも「赤ちゃん、早く会いたいよ~」とおなかに話しかけてくれたり、気遣ってくれたり優しい気持ちをたくさんくれました。

 

せっかくの夏休みも、思うように出かけたりしてあげられなかったので、家の前でテント泊をしたり、流しそうめんをしたり、スイカ割をしたり。。。楽しんでくれてたらいいなぁ・・・


そんな感じで、楽しくも、そわそわ、もやもやしながら過ごした8月前半でしたが、予定日に日が変わってすぐに陣痛、出産になりました。

3180gの、頭が真ん丸で、顔も真ん丸の女の子。お兄ちゃんたちにそっくりで、兄妹なんだなぁと感じました。

名前は「環奈(かんな)」です。



娘は産後の経過順調ですくすく大きくなったのですが、私は産後から恥骨が痛くなり歩けなくなる。。。という展開。歩行どころか寝返りもできず、体勢も変えられない。 二男の産後にもなりましたが、今回比にならない痛みで気が滅入りました。そんな痛みを持ったままの退院で不安でしたが、夫の奮闘に加え、両親が手伝いにきてくれたり、姉妹達が様子を見に来てくれたり、ママ友が上の子たちの送迎をかってでてくれたり・・・本当に救われました。痛みも徐々に軽くなり、2週間くらいで普通に動けるようになりましたが、その間ほとんどお兄ちゃん達とスキンシップをとることができず、常に痛がる私をみてお兄ちゃんたちを不安にさせてしまっただろうな。。。と思います。

動けない間、「パパのお手伝い」をたくさんしていたようです。

そして、やっと痛みをほとんど感じなくなった生後21日目、娘突然の発熱。すぐに救急を受診して検査。どうやら風邪から髄膜炎になったらしく、そのまま1週間の入院になりました。 こんなに小さいのに、外にも出ていないのに・・・と涙がぽろぽろ出そうになりましたが、祖父が現役の頃に患者さんによく「かかった原因ばかり考えないで、治す方法を考えなさい」と言っていたのを思い出して、この窮地をどう乗り越えるか夫と作戦会議。いきなり家族のチームワークが試されました。 

 

1週間後、無事退院、と思ったら今度は寂しさマックスになっていたお兄ちゃんたちに異変が・・・その後もいろいろあり、落ち込んで泣いたり、迷走したり、といろいろありましたが、やっと平常に戻りつつある今日この頃。

 

娘が生まれてからまだ1か月半。でも、内容が盛りだくさんすぎてもっと長い時間がたったように感じます。 

 

小さくてか弱そうだった娘はしっかり体重も増え、ずっしりむっちり、どすこい。よく飲み、出し、そして寝ます。お兄ちゃん達に大事に大事にされて、可愛い、可愛い、といつもこねくり回されています。本人はいつも気難しい顔をしていますが、それでも周りをメロメロにできる赤ちゃんパワー炸裂中です。


いろいろありつつも、自分でもなんだか信じられないけど、三児の母になりました。 

今日はお兄ちゃんたちの運動会で、なんだか自分の中でひと段落ついた感じです。これからもきっといろいろあるけど、平和に楽しく、今までとおり日常の中の小さな幸せに喜びながら過ごしていきたいな、と思います。 そして、今まで以上に健康第一で過ごしたいと思います。





 

4月から年中さんになった長男は、毎日私の中にいろいろな感情を生み出させてくれます。

 

そんな中、先日、長男が食事中にお皿をなめたり、お箸のすっごく先の方をもって手の横のところが汚れたり、何かと目に余ることをするので、アドバイスという名の注意をしたとき、得意顔で

 

いいんだよ!自分は自分、なんだから!!!

 

と返してきました。

 

そうきたか!!!

 

「自分は自分」は私が(きっと旦那も)よく思うこと、大事だと思う考え方なのですが、まさかここで出してくるとは。。。

 

そうなんだけど、そうじゃなくて、そういう意味じゃなくて、、、

 

その時は長男が「自分は自分」を持ち出したことに意表を突かれて、上手い切り返しができませんでした。

 

ちょっと話は反れますが、意味が分かっていなくても、聞き手には同等のインパクトを持つ「言葉」。使い方をちゃんと知っていないと危ないなぁとおもいます。最近特に物騒な言葉を口にするようになって、ぎょっとすることが多々あります。本人は、響きが面白いとか、友達が言っていたからとかで深い意味はないけど、口にしたらママがぎょっとした、そんな程度です。 けど、やっぱり聞いている私は反応してしまうわけで、いやだなと思います。だからと言って、悪い言葉を教えない、又はそういう言葉を頭ごなしに禁止、怒るのではなく、ちゃんと説明して何故ダメかを理解してほしいな、、、と思うが故につい理屈っぽく話をしてしまいます。まだ難しいんじゃない?と自分でも思ったりしますが。。。いつか分かってくれたらいいなぁと願ってます。

 

ほんと、一番最初に「育児は育自」といった人、いろいろな意味でものすごい的を得たこと言ったなぁ。。。と思わずにいられません。

 

そんな長男、嘔吐下痢に苦しむ弟を前に、「きょうちゃんの悪いの、太鼓の音で追い出してくれる!!!」と張り切ってジャンベを叩きまくってくれました。太鼓で悪いものを追い出すとか、どこで覚えてきたんだろう。。いろいろあっても、子供は子供でちゃんと世界を築いているようで、面白いです(自分に余裕があるときは・・・)。

 

ジャンベを聞いて寝る二男。嘔吐下痢でちょっと痩せましたが食欲戻ってきました。