ごきげんよう!さわこです



レビ記に見られる儀式や犠牲は旧約聖書時代の象徴として多くの実例を提供することにより、新約聖書の真理を指し示しているのです。

そこには重要なる霊的真理が含まれています。

儀式は、重要な価値と情報の優れた伝達手段です。

犠牲についての旧約聖書の命令は受け入れられるべき犠牲について、いつ、どこで、どんな儀式にどのような手順が必要かを、非常に具体的かつ詳細に指示されています。

儀式の中心は、血を流したり、注ぎかけたりすることでした。
それはきれいなものではありません。

何故なら、宇宙で最も醜いもの、罪を扱う行為だからです。

そして、イスラエルの民は、血の意味を理解していました。

私たちは、これらの犠牲の制度の中に、一つの型、すなわち、キリストの死と奉仕のひな型を見るのです。

(2021.9.7 安息日聖書研究ガイド82ページより)



マラナ・タ
旧約聖書に儀式、犠牲制度、祭儀は、キリストの福音のひな形なのです。
それが分かってくると、旧約聖書が興味深くなりました。
旧約聖書の中にはイエス・キリストを発見することに夢中になります。
聖書を読み醍醐味です。