ごきげんよう!さわこです。
ウキツリボク、別名はチロリアンランプだそうです。
 
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ヨハネは、イエスが究極的には、神のご品性の美しさを明らかにするために来られたと説明しています。(ヨハネ17:1-6)
 
1 イエスはこれらのことを話してから、目を天に向けて言われた。「父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すために、子の栄光を現してください。

2 それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。

3 その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。

4 あなたがわたしに行わせるためにお与えになったわざを、わたしは成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。

5 今は、父よ、みそばで、わたしを栄光で輝かせてください。世界が存在する前に、ごいっしょにいて持っていましたあの栄光で輝かせてください。

6 わたしは、あなたが世から取り出してわたしに下さった人々に、あなたの御名を明らかにしました。彼らはあなたのものであって、あなたは彼らをわたしに下さいました。彼らはあなたのみことばを守りました。
 
 
ある人たちは、イエスをありのままに見て、その光を喜びました。
 
ある人たちは、同じイエスを見て、脅威を感じてイエスの死を望みました。
 
どうしてこのように全く違うものを見るのでしょうか。
 
それは、聖所にヒントがあるのかもしれません。
 
燭台は唯一の光源であり、世の光であられるイエスを表していました。
 
ヨハネ8:12
「イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」
 
燭台の光を見るためには、聖所に入らなければなりませんでした。
 
救いの計画に協力し、キリストの血潮の働きかけに抵抗することは、光を見ないことです。
 
しかし、イエスに向かって一歩を踏み出すなら、今までよりも、はっきりと見え始めます。
 
絶えず輝くキリストの光を見るためには、キリストに従うことです。
 
(今日の光2022.4.14より)
 
十年くらい前になるでしょうか。
テゼ共同体に参加した方から教えてもらった讃美歌があります。
 
♪わたしたちが 暗闇に
とどまることのないように
キリストは 光として世に来られた♪
 
ヨハネ8:12から作られた讃美歌でした。
この歌は今も折りにふれてうたっています。
楽譜もなくて、聞いておぼえたので、もしかしたら、編曲してしまっているかもしれません。
 
Youtubeを検索しましたが、見つかりませんでした。
もうひとつ、教えてもらった「すべてのひとよ」はありましたけれど。
 
マラナ・タ
キリスト様の光を受けて、その光を反映させる弟子とならせて下さいと祈りました。