今朝の北山の空。
7月1日から、コロサイ人への手紙に夢中になっていました。
今、昼前にアメブロを開いたら、2015年の今日、
コロサイ1章から、信仰を持ったばかりの友のことを思いながら、書いた記事がありました。
コロサイは、キリスト信仰について、つまり聖書の神様について、とても分かりやすく記されているのです。
なぜなら、コロサイ教会には、異端思想が侵入していて、信仰を持ったばかりの信者たちを混乱に陥れていたからです。
ですから、パウロは創世記から始まって、イエス・キリストの神性を明確に書いてくれているからです。