ごきげんよう!さわこです。
昨日の朝と今日の朝
安息日学校聖書研究ガイドの学びによる◆印よりのデボーション。
8月15日水曜日◆印より。
「ユダヤ人は・・・イエスの名を名乗る者たちの中に、福音が生きているのを見る必要があります」
世界に福音を宣教しつつ、世界中を植民地とし、それぞれの国のアイデンティティを破壊し、
富を盗み取り、暴力の限りを尽くしたキリスト教列強諸国よ、
その中には、殉教していった純粋なキリスト者も確かにいて、キリストを証しました。
「イエスの名を名乗る者たちの中に福音が生きて」いないなら、
聖霊様のお働きの邪魔をすることになるだけではないだろうか。
クリスチャンによって迫害虐待されて来たユダヤ人からの信頼を得るために、
神様がキリスト教会に、ひとりひとりのクリスチャンに何を望まれているのだろう ?
悔い改めを強く促されました。
8月16日木曜日◆より。
使徒14:22「私たちが神の国に入るには多くの苦しみを経なくてはならない」 とは、どういうことか?
また、直面している苦しみから、どうしたら信仰において成長できるか?
二つの問いかけがありました。
パウロとバルナバの体験に我が体験を重ねることは難しい。
2人の体験は福音宣教のゆえに受ける迫害だから、時代も環境も違う場所で生きている私には難しい。
しかし、キリスト信仰の有無に関わらず、生きることは苦しみがついて回る。
そういう観点からでなくては、この2つの質問に答えることはできないと思った今朝の学び。
マラナ・タ
神を信頼することに尽きるのかな