ごきげんよう!さわこです
怒りについて
マルコによる福音書 3章5節
「イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくなさを嘆きながら、その人に『手を伸ばしなさい』と言われた。彼は手をのばした。するとその手が元どおりになった。」
イエスは、パリサイ人たちの思いやりのない態度に怒られた。
怒り自体は悪いことではない。
何に対して怒るか、そして怒りをどう処理するかにかかっている。
私たちは自己中心的で有害なやり方で怒りを発してしまうことがある。
それと対照的に、イエスは問題をただすこと、すなわちその人の手をいやすことによって、怒りを表わされた。
あなたの怒りを、人々を中傷するよりも建設的な解決策を見いだすことに用いよう。
バイブルナビ注釈より
不完全な人間は、ともすれば怒りを有害な方法で発してしまうことが多いので、
怒りは訓戒の対象となってしまうことが多い。
愚かな人の愚かな怒りが犯罪となって、人の命を奪ってしまったのは、最近のニュース。
愚かな怒りは他者も自分も不幸にする。
正しい怒りを、建設的に処理することの大切さを実感する。
あるいは怒りの有害さを気にしすぎて、
正しい怒りとは何かが分からなくなっていることもある。
間違いをしないために、何事に対しても怒らないことを選択してしまう人もいる。
一言で「ダメ!」と言うことができなくて、なぜ駄目であるかの説明をしてしまっているうちに、
自分の納得いく説明でなければ、ダメなことでも、オーライと決め込んでしまう子どもに育ってしまうこともある。
会津の什の教え 「ならぬものは、ならぬのです」
怒らなくても、毅然として「ならぬものは、ならぬ」と言える人間でいたい。
正しい怒りに対して、陰で非難したり悪口を言ったりする人にもなりたくない。
怒るべき時に、正しく建設的に怒れる人になりたい。
マラナ・タ
怒り自体は悪いことではない。
何に対して怒るか、そして怒りをどう処理するかにかかっている。