ごきげんよう!さわこです

2009年に福音社から発行された祈りの本を読み返しています。

著者はデイブ・アーリー 訳者は根本愛一氏  定価900円+税

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「最も祝福された 21人の祈り」

表紙には、「形式的な祈りではなく 大胆な祈りを神は待っておられる」

裏表紙には、「ヤコブ、ハンナ、イエスのように 大胆に、必死に、そして力強く祈りましょう」とあります。

 

「祈り方がわかりません・・・」

とある方が言われたことが再読するきっかけとなりました。

 

私もバプテスマを受けて、まもなくの頃、突然にお祈りを振られて

「ごめんなさい。ゆるしてください。できません。」とお断りをしたことがありました。

諸先輩方のお祈りは、行き届いていて立派で、とてもあのようには祈れないと常々思っていました。個人的には祈ってはいましたが、教会で皆さんの前で祈る勇気がまだありませんでした。何をどう祈ればよいのか、頭が真っ白になってしまったのでした。

勇気のない私が、お断りする勇気があったのです(笑)

バプテスマを受けて日の浅い人が、「祈り方がわかりません・・・」と言われる気持ちはよくわかります。

私は、先ず、知りたいことは「本を読むこと」から始めるので、祈りに関する本を何冊読んだことやら・・・でしたが、祈りのお手本は聖書にたくさん載っています。

 

「祝福された祈り」は聖書に登場する祈りのお手本に基づいて書かれています。

 

はじめに・・・から紹介します。

 

①     これらの祈りはとても短く、簡潔でありながら具体的な言葉が用いられ、しかも「要求」ではなく謙虚に「嘆願」としてささげられ、神の御心にかなったので聞き入れられ、多くの祝福が与えられ、そして聖書に記録されたのです。

 

②    それらの祈りを、自分の祈りとして捧げてみましょう。

 

③     神に自分の願いを祈ることは、人性に大きな変化をもたらします。ただし、ひとつの真理を覚えておきましょう。「祈りは神への指示ではない」

 

④     祈りとはあれこれ願い事をして、直ぐに聞かれるのを期待することではなく、「神の栄光が現されるように」と願うことなのです。

 

 

⑤   ある人は、祈りに対して神の答えは「はい」「いいえ」「待ちなさい」「冗談でしょ」のいずれかだと言っています。

 

⑥     また、ある人は、もし誤まった願いを祈ったら「ダメ」、祈るタイミングを間違えると「後で」、私たち自身が誤まっていたら「成長しなさい」、そして丁度よいタイミングで祈った時だけ「よろしい」と答えられる、と言います。

 

⑦    天の父である神は、私たちに何が最善であるかをご存知であり、必ずそれを実現してくださる方です。

 

⑧    もし、あなたが聖書に記録されている最も力強い祈りと同じ祈りを捧げたとしても、自分の望む通りの答えが与えられるとは限りません。しかし、それは「私はあなたを愛しているので、あなたに最善のものをあげよう」ということなのです。

 

⑨     祈りに対する神の答えは、常にご自分の計画と目的に沿ったもので、私たちにとって間違いなく最善のものです。

 

マラナ・タ

⑦⑧⑨についての神様の御心は、祈りの答えが未だ与えられない者にとって、励ましと慰めになると思います。

そして、答えが与えられない長い歳月の日々に、十字架の主は、天の聖所で、

「それでも、わたしを信じるか?わたしを愛するか?わたしはあなたを愛している」

と語り続け、励まし続け、執り成しの祈りを捧げてくださっているのです。