ごきげんよう!さわこです

最近の読書のこともちょっと書きたくなりました。

三谷隆正「幸福論」の次に読んだ本は、
「中国人の頭の中」青樹明子著
「李登輝学校の教え」小林よしのり、李登輝 対談集


「幸福論」の内容についてもまとめたいのですが・・・時間がとれなくて、残念です。
宿題が溜まっていきます。
誰に強いられたのでもないのですが、ただ私が、読んだことはきっちり頭に整理しておきたいだけなのです。
私の道楽みたいなものですね(笑)


中国留学、中国生活の長い青樹明子さんの本。
中国の日本に対しての態度には、しっくりしない点も多いですが、まさに「頭の中」を冷静に友情を持って客観的に書いておられるので勉強になりました。

台湾元総統、李登輝さん。
李登輝さんの本を読むのは三冊目。私の尊敬する方です。
この本は2001年に書かれたもの、2003年に文庫本になっています。
今から15年前に書かれていますが、重要なところに関しての内容は古くはありません。
本代は1円プラス送料でお安く手に入りました。

本の裏カバーには、以下のような記述があります。

(師)李登輝・台湾前総統と(生徒)小林よしのりが白熱対談!
「人間とは何か」から「『二国論』の真意」「歴史教育問題」まで、中国相手に一歩も退かぬ男がここまでしゃべった!
「かわいそうなのは、日本の若い人は『昔の日本は悪い事をした、悪い国だった』と一方的に教育を受けていることです。日本は批判されていると思い込み、『つまらない国に生まれたんだ』と自信を失っている」

若者へは国づくり・政治の醍醐味を語り、ジャーナリズムへは爆弾発言を贈り、そしてすべての日本人へ大志を促す。
“日本人よ、今こそ自信を取り戻そう!”
戦後日本の歪みを正す熱きメッセージを、あなたは受け止められるか。


次に本の中の言葉をいくつか、紹介します。

李「過去は全部悪い、否定する。これが今に日本が罹っている病気だね・・・子供たちは、日本が悪い、悪い、とそういうことばかり教えられてきた。そして過去をまともに見ない」

小林「今の日本人は、結局『日本の過去は正しくなかった』という立脚点に立ってますからね」

ここを読んで思ったのです。

一部のクリスチャンですがこのような考え方の人がいます。

①日本の敗戦=日本の神道の神が負けた
勝利した連合軍の勝利=キリスト教の神が勝った
ゆえに、連合国のキリストの神の方が信頼できるとわかったので、キリスト教に回心した、というのです。

②日本は悪い、日本は正しくなかったという思想は「人間原罪説」を立脚点とするキリスト信仰と共鳴するようです。
人間はもともと罪びと→悔い改めが過度になり→自虐的思想→謙遜(これは謙遜もどき)
こういうスパイラルに入ってしまう思考回路が日本人クリスチャンにはあるように思えます。(以前にも紹介した本ですが「日本人はなぜ申し訳ないと思うか」)
欧米人クリスチャンの聖書理解と、日本人クリスチャンの聖書理解のズレを感じます。

自己肯定観の高さ→自信過剰、自己正当化、高慢→罪
自己肯定観の低さ→自信喪失、自己批判、自己否定、謙遜に見えるがエセ謙遜→罪

こういうキリスト教って問題あると思うのです。
聖書の思想から、どちらもズレて行っていると思うのです。


クリスチャンとしての李登輝の言葉も紹介したいと思います。

・ 僕はダライ・ラマさんと(私もダライ・ラマさんは好きで二冊ほど本を持っています)「麗しき原風景の宗教に帰ろうじゃないか」というところで一致点を見たんです。宗教同士が争ったりしないで、個人個人が原風景の宗教に戻れるように努力する。

ここを読んで私が思ったことは、「個人個人が原風景の宗教に戻る」とは、放蕩息子が父のもとに帰ることと同じではないか。「本物の悔い改め、本物の神に立ち帰る」という意味ではないか。

・ キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、もとをただせば同じです。たとえばユダヤ教のバイブルには、新約聖書には残っていない旧約聖書の補遺みたいな部分が残っている。非常に似通ったものを持っている。それで、旧約聖書や新約聖書で問題になるのは、神様と人間の関係です。これは山本七平さんが詳しく書いている。・・・彼の本を読んで本当に教えられた。神様と人間の関係は、はっきりしない。はっきりしないけれども、敢えて言えば神様と人間の約束なんですね。これを律法という。律法=法律。つまり聖書と言うのは神様と人間の関係の法律書なんですよ。

・ たとえば、マタイ福音書には、昔のユダヤ教からキリスト教に変わった人々を悪く言ってはいけない、ある程度納得させるようないいことをやっていかないと彼らはついてこない、という考え方が入っている。これなんかは台湾の民主化を目指した私にとって、とても参考になりました。

・ 結局、究極に置いて神は存在しているんです。聖書を通して神様と人間の間での約束を守るわけです。・・・どんな場所でも僕と神様の間には契約関係がある。どこに行っても契約関係があるんですよ。

・ ミカ書6章より引用して「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである」この言葉は台湾でも非常に重要です。ただ、神様に捧げものをするだけではいけない。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むことが最も大切なんです。

コヘレトの言葉も面白いですよ。これは完全にニヒリズムの虚無主義なんですよ…人間の生きる価値とは何かと問うている。人間の最も空しい一面をよく書いていると思う。つまり、この言葉全体がニヒリズムなんですね。

・ 聖書のよさというのは、人間の困難な問題、人間が自分でわからない問題を伝えつつ、人間に知恵を持てと示唆しているところです。結局、我々は最後は正義と愛を貫いていかなきゃならない。人間の生きる意義はそこにあるんですよ。逆に言えば、虚無がなければ聖書はない。」虚無があるから、人間は神様が必要になるんですよ。


マラナ・タ
20歳まで、日本の教育を受けて育った愛日家の李登輝さん。
李登輝さんを通して、学校教育で教えられなかった日本、マスコミの伝える偏向報道など見えてきますね。
かなりのお年になっておられますが、まだまだ長生きしてくださって、聖書のススメに従うものの見方、行動のとり方、日本の戦後のボタンの掛け違えについての意見を発信して頂きたいです。

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