岳人93 昭和31年1月号  特集 冬山と雪中露営


グラフ
カラコルムの山々
撮影・・・中尾佐助
(1)ヒスパ氷河をゆく
(2~3)ブロードピーク(コンコルディアより)
(4)アルチョラリ連峯 (ヒスパ氷河湖半をゆく)
(5)ラカポシの西北面(フンザ側より)
(6)マッシャブルムの北西(バルトロ氷河より)
(7)コンコルディアよりK2を望む
(43)森上風景=白馬山麓
(44~5)一月の塩見岳
岳界群像(グループ訪問)山村民俗の会(46)
岳界ポートレート 加藤数功氏(7)
カレンダー バルトロ氷河の針峯群(附録)気象一覧表


カラコルムの山 ヒマラヤ登山に望むもの(16)
カラコルムの印象(12)
登山について 初心者のための登山技術講座⓵ 諏訪多栄蔵(22)
ヒマラヤ概説 ヒマラヤ雑記㉗ 深田久弥(74)
チーホノフについて ソ連の山岳詩人と山の詩 袋一平(19)
処女雪に描く 詩 井上康文(58)
季節の足音 シュプール 絵と文 上田哲農(11)


冬山と雪中露営・特集
雪穴物語 かくして雪洞第一号は誕生(30)
雪洞について(32)
イグルーについて(36)
雪中幕営について(40)
ふぶき(26)
フォースト・ビバーク 予期せざる露営(47)
★岩場におけるナイロン・ザイルの使用について(28)

前・外傾派よ奮起せよ(52)
熊ノ湯を中心とした正月のツーアの案内(54)
細野を中心としたスキー場とツーアの案内(57)
★都会のスキーヤーは何を望むか・アンケート(60)

遠見尾根と五龍岳(62)
八ケ岳・横岳西壁(64)
厳冬期の飯豊山(67)
エッセイ 冷泉小屋の正月 渡辺公平(25)
     黒部の冬 織内信彦(50)
山岳紀行文論 応募紀行の読後感をめぐって 岡田喜秋(72)

ヒマラヤン・ノーツ(20) 岳界ニュース(18) 流れ星(56) 図書室(60) 会報ノート(70)




ヒスパ氷河をゆく
ポーター達が荷物をヒモで縛り背負い、ヒモでぐるぐる巻きの靴のようなものでボッカしているグラフ(写真)。

森上風景=白馬山麓
白馬山麓にある茅葺民家の雪景色グラフ

カラコルムの山 ヒマラヤ登山に望むもの
シュルパ(ポーター)なしの自力登山を唱っており、この時代にあっては先進的な考え方。

カラコルムの印象
京大による、たぶん日本人隊で初めてのカラコルム氷河探検の報告。

ヒマラヤ概説 ヒマラヤ雑記㉗ 深田久弥
ヒマラヤの地質学や、ヨーロッパのヒマラヤ研究家の概説をして、幅広い視点からヒマラヤを紹介している。
日本人ヒマラヤ研究家の第一人者らしい雑記。

チーホノフについて ソ連の山岳詩人と山の詩 袋一平
ソビエトの詩人についての紹介だが、冒頭からガツンと描写して山岳雑誌らしからぬ入り。簡単な生い立ちと作詩の略歴から入り中盤では三つの詩を紹介し、最後にその詩の解説をしている。チーホノフ良いよね、でも詳しく知らないんだよね、といった俄ファンにはおススメ。

処女雪に描く 詩 井上康文(58)
季節の足音 シュプール 絵と文 上田哲農(11)
スタンダートな井上氏と今回はポップな上田氏、対照的だが両氏とも味がある。

雪洞について
非常用から雪洞内天幕まで5種類を絵図入りで解説。雪洞の作り方も6つの絵図と共に説明。

イグルーについて
イグルーの作り方から、内張りの張り方まで図解と共に詳しく書かれている。

★岩場におけるナイロン・ザイルの使用について
岩角落下テストで麻ザイル(12mm)とナイロンザイル(8mm)を比較している。

前・外傾派よ奮起せよ
スキー技術の話しなのだが文の末尾にスキー技術本の広告があり、その写真と表題とがリンクしているので、なんとなくそのステマになっているような気がする。やはりマスコミと広告の縁は切っても切れないのだろう、ステマの歴史は意外に古いのかも知れない。しかし、このステマの出来はイイ、一見そうとは分からない。

細野を中心としたスキー場とツーアの案内
細野とは八方尾根周辺の事で、ツーアとはスキーツアーの事である。

八ケ岳・横岳西壁
1955年1月の記録 大同心は南稜の右側の草付きを登っている。小同心は他にこれよりも古い文献が無い場合は、もしかするとバンドルートの冬季初登記録かも知れない。ジョウゴ沢は全ての氷瀑を高巻いて硫黄岳まで登っている。

厳冬期の飯豊山
いきなり「いまだにその主峯は登頂されていない」というサブタイトルで始まる。国内の主要山岳の冬季初登は1940年代にほぼ成し遂げられている事を考えると厳冬期限定とはいえ飯豊山の最高峰である大日岳2128mが未踏で残されているのは貴重な存在だ。

山岳紀行文論 応募紀行の読後感をめぐって 岡田喜秋
岡田喜秋といえば、最近リバイバル本で「日本の秘境」なども出ている作家さんだが、このコーナーではかなり手厳しい指南をしている。この号から近い岳人の記事を具体的に名指しして、山岳紀行文の書き方を皮肉タップリで批評している。こんな記事が許されるのは、この頃の岳人の読者層がかなり文学的だった証だろう。今号の岳人も岡田喜秋をはじめ、何人もの作家や作詩家が名を連ねている事を考えると、この当時の山岳誌上ではアルパインルートの大開拓時代であるとともに大文学時代でもあったようだ。この山岳紀行文論は、紀行文を書くなら今読んでもためになる。


    
  この当時のスキー靴はヒモ締めの革製で、くるぶしと甲の間の上に「スキーバンド」なるものが付いていた。
  一見、古い作りに見えるが、最近でいうとボリエールの初期型アイスマスター(2003年頃?)も確かこのバンドが付いて踵が浮かず
  結構ファンがいた。現行のアイスマスターはバンド部分がヒモになり、しかもバンドの角度が踵方向からではなくアキレス腱上あたりから
  引っ張っているので踵が浮くのを抑える作用は初期型の方が優秀だった。ただ、初期型のバンドはそこに力が集中してしまうため
  人によっては当たり感を言う人もいたのでマイナーチェンジされたのだろう。私的には少しくらい当たったとしても、
  踵が浮かない方がアイスクライミングにはよいので昔の方が良いと思うのだが。
  この当時のスキーバンドは、今のアイスクライミングや冬期登攀系にも応用できるアイデアだと思い自分の冬靴に試したのだが
  今期は家庭の事情で使う事はなかった。