【真田丸ゆかりの地】めぐり
![イメージ 10](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/e2/3c/j/o0560039114546474286.jpg?caw=800)
真田家と伊達家の関係は深い。
真田幸村の死後、真田幸村の幼い息子と娘は伊達家に匿われ
仙台真田家として残っていくことになります。
伊達仙台藩の親戚
伊達宇和島藩をご存知ですかな?
![イメージ 9](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/54/e0/j/o0600041914546474291.jpg?caw=800)
1614年、つまり関ケ原の戦いから14年後・・・・・。
伊達秀宗が徳川秀忠より伊予宇和島藩10万石を与えられ
宇和島藩が正式に成立しました。
意外に知られていないのですが、支藩というものが存在し
遠く離れた土地や近くに敵対・牽制しうる勢力を支藩として配置することで
有力な外様大名(徳川家と縁の薄い大名)のチカラを削ごうとしました。
ようするに江戸幕府はチカラのある伊達家を警戒しており
あらぬ疑いをかけて仙台藩を潰そうと画策すらしますが
伊達政宗の機転でそれを回避しました。
江戸幕府250年の歴史はそういう自己保身のために
あらゆる手を使います。
そして思惑どおり、藩(本家)と支藩(分家)は対立するのです。
うーん、人事とは功名なものですなぁ。
過去に何度も強調しとるけど
支藩として別れた伊達宇和島藩からは討幕の優秀な人材が輩出し
西郷隆盛を、官軍を勝利を導いた大村益次郎もその一人です。
(大村益次郎はもともと長州藩出身)
伊達宇和島藩は愛媛県宇和島市!この歴史ヒストリアも近日やります!
伊達政宗と真田幸村のツーショット
![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/02/84/j/o0551039314546474296.jpg?caw=800)
稀代の歴史小説家、司馬遼太郎
「鋼鉄のドンキホーテ」を愛してくださる読者なら司馬遼太郎の
「関ケ原」を読まれることを猛烈にお勧めします。
まあそれは余談でありますが
司馬遼太郎は伊達政宗を「詩才に関しては曹操に比肩する。」と表現しました。
伊達政宗が残した詩として有名なのが
馬上少年過
(若い頃は馬に乗って戦場を駆け抜けたが)
世平白髪多
(世は太平になり自分にも白髪が増えた)
残躯天所赦
(天に与えられた余生が残ってはいるが)
不楽是如何
(これを楽しまずしてどうしようか)
または
(楽しいとは思えないのはどうしたことか)
・・・・と2通りの解釈がある。
そんな伊達政宗の菩提寺
伊達政宗が眠る場所は仙台城から近いです。
![イメージ 2](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/17/ab/j/o0555041714546474299.jpg?caw=800)
![イメージ 3](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/b5/fe/j/o0555041714546474302.jpg?caw=800)
![イメージ 4](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/e8/d5/j/o0555041714546474307.jpg?caw=800)
![イメージ 7](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/f2/b8/j/o0555041714546474310.jpg?caw=800)
![イメージ 5](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/08/24/j/o0555041714546474314.jpg?caw=800)
雅、ただひたすらに雅・・・・。
菩提寺というのに、この豪華絢爛さとはどうであろう。
ここを訪れるのは2回目だというのに
感動は新しくて、そして生々しさを感じる・・・・・。
伊達政宗はその名の通り伊達男。
戦乱が過ぎ去った後、桃山文化に特徴的な荘厳華麗さに
さらに近江在住の技師・川村孫兵衛を招き
北上川の河口に石巻港を整備、現在までに至ります。
さすが伊達政宗
自動ドアとは恐れいったぜ
![イメージ 6](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/07/1d/j/o0555041714546474316.jpg?caw=800)
これ懐かしいよね
![イメージ 8](https://stat.ameba.jp/user_images/20190822/01/sawada0906/6d/f8/j/o1017150014546474319.jpg?caw=800)
タタッタタタッタタタッタタッタ♪エッチラオッチラエッチラオッチラ♪
って聴こえてた小学生の頃・・・・・。
伊達政宗は詩のほかに、いくつもの名言も残しています。
その中でさるるがお気に入りなのは
【伊達政宗五常訓】
「仁」過ぎれば 弱くなる
「義」過ぎれば 固くなる
「礼」過ぎれば 諂(へつら)いとなる
「智」過ぎれば 嘘をつく
「信」過ぎれば 損をする
「義」過ぎれば 固くなる
「礼」過ぎれば 諂(へつら)いとなる
「智」過ぎれば 嘘をつく
「信」過ぎれば 損をする
400年前も現代と同じ
人は人の世を生きにくいと感じていたのでしょうか
そう思うとますます歴史ヒストリア♪
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