私の頭の中のいろいろ

私の頭の中のいろいろ

アラフィフ パート 主婦
私の頭の中をアウトプットできるといいなぁ・・・
というブログです

1ヶ月ほど前に、事務のパートを辞めた。働き始めてまだ一年も経たないうちに辞めた。

理由は、人間関係があまりよくなかったから。居心地が悪かったのだ。


そんなことで辞めるって、いい大人なのにどうなんだと思う。でも、その職場に合わなければ辞めて他に探せばいいとも思う。


そんな葛藤はあったが、心理的にしんどいのを我慢してまで続ける必要はないなと自分のなかで結論がでた。

結論がでたら、すぐに上司に伝えて、1ヶ月後に辞めた。


その元職場の同僚(同性)に誘われ、来週食事に行くことになった。


その同僚は毎日のように一緒に仕事をしていた。仲良かったし、優しい人だと思う。

私が辞めるのを本当に悲しがってくれて、これからは友達として会おうと言ってくれた。

すごく嬉しかった!


でも、不安で落ち着かない気持ちが少しある。

毎日のように会っている時は親しくできるのに、会わなくなるとどうやって付き合えばいいのか分からない。


私は目の前にいない人に興味がほぼ湧かないのだ。だから、LINEの返信にあまり盛り上がれないし、送りたいLINEの内容がない。


他にも原因があるのだろう。職場での私と通常モードの私に乖離があることも一つだろう。

職場ではうまくやろうとして明るく真面目にやっちゃうんで・・・。


時間がたつにつれ、職場での(好印象だった?)私ではなくなって、付き合いを終わりにされるのが、なんとなく悲しくなる。それが予想されて、落ち着かないのだ。


・・・書いてて悲しくなってきました^^;


細く長く付き合うのが私には難しいことなのだ。













庭のジューンベリーが、今年はたくさん白い花を咲かせた。今は、花が終わり新芽がでている。

ジューンベリーは桜のように花だけ先に咲く。少し離れて見ると、白いボンボンがついているように見えてかわいらしく、春だなぁと少し嬉しい気分になる。


私は、雑木の庭のような雰囲気にしたいと思い、庭に何本か木を植えてもらった。12年ほど前だ。

ジューンベリー、エゴノキ、シラカシ、シマトネリコなど。

因みに雑木の庭にはなりませんでした(^^;



うちの庭は、土を数十センチ掘ると、固い層(粘土層?)にぶち当たる。

たぶんその土のせいか、あるいは日当たりが良すぎるせいか、ジューンベリーとエゴノキは大きくならない。

一番高いところで2mほど。植えた時とあまり変わらないこじんまりとした高さを保っている。

ちょっと小さすぎて見栄えが悪いし、真夏は毎日水やりが必要で面倒だ。


シマトネリコとシラカシは結構大きくなった。4mくらい?

今のところ大きすぎて困るほどにはなっていない。2階のベランダから見ると、見下ろす感じ。

多少の不要な枝を切り落とすことはしたが、まだ本格的な剪定はしていないし、芯止めもしていない。

真夏でも水やりは不要。

今のところ世話が楽な木だ。


近頃、シマトネリコは植えたら危険と世間的に言われているけれど、うちではシマトネリコは植えて成功だと思っている。

管理が(今のところ)楽なことに加え、上からの目隠しとして有効だ。

うちのリビングの窓から、道路を挟んだお向かいの2階の窓が見える。シマトネリコの葉っぱはその2階の窓をうまいこと隠してくれる。

この場所にシマトネリコを植えてくれた外構業者さんに本当に感謝している。


うちと同じ分譲地に植えられているどのシマトネリコもさほど大きくはない。うちのよりも小さい。

やっぱり土があんまり良くないからかなと思っている。

他の木があまり育たないような庭ならシマトネリコは案外丁度いいのかもしれない。









私はよく聞き間違いをする。耳と脳ミソがうまく繋がってないのかなと思う。


こないだまで事務の仕事をしてたけど、電話での会社名や名前は特に聞き取れない。もう一人いた事務員も聞き取れないことがあったから、私だけではないんだなと思ってちょっとだけ安心した。私の方がひどかったですけどね。


皆さん、もうちょっとゆっくりはっきりと名乗って欲しいものですが、こんなところでぼやいたところで何の意味もない・・・



ところで、私のお気に入りの聞き間違いの話。


これは娘と話していた時のこと。


娘

「ママはSNSはやらない方がいいよ。ママは危なっかしいから。私は学校で学んでよく分かってる。」


私

「何を学校で学んだの?」


娘

「ねっとりジェラシーだよ。」(私、聞き間違えてます)


私

「???

ねっとりジェラシー!?はじめて聞いた。どういうこと?」


娘

「SNSをするときの危険な行為を教えてもらった。写真を何も考えずにアップしたら危ないんだよ。目の映りこみや景色で住所がばれちゃうんだよ。」


私

「???

それって何がねっとりジェラシーなの?

・・・SNSで自慢とかして、ねっとり嫉妬されてストーカーみたいにつきまとわれるってこと?」(私、アホなのでお許しください)


娘

「!!

ママ、聞き間違えてる?ネットリテラシーだよ!」


という、すれ違い会話が繰り広げられ、爆笑でした。


聞き間違えがスゴすぎて、逆に私スゴいと思ったり思わなかったり。時々思い出してこのアホ楽しい聞き間違えを忘れないようにしてます。






今日、娘とお茶をしていた時、今期のフリーレンの主題歌はどうかという話題になった。


私はミセスのファンである。音楽はミセスの曲をよく聴くし、ライブにも行ったくらいにはファンである。

娘は全然ミセスに興味はない。私に連れられてミセスのライブの映画は見に行ったくらいで、好きでも嫌いでもない。


ミセスファンではない娘がどんな風に今回の主題歌を感じたかとても興味があった。


今回の主題歌はフリーレンに合っているという声と、合っていないという声の両方ある。


私は合ってる派。ちょっと寂しい感じとか、でも壮大な感じ、ダッドゥダのところは進んで行く感じ、やさしく切なく美しい感じ、フリーレンの世界観と合ってると思う。


合っていないという人は、ミセスが嫌いなだけじゃないかな?と思っていた。



娘は、今回の主題歌は悪くないけど、ミセスの匂い(ミセス臭?)がひょっこり顔をだしちゃうらしいです。

それだけミセスは「独特な何か」があるらしい。

なんか青々しい、まぶしい感じがしちゃうそう。

娘からするとフリーレンの世界観より明るく感じてしまうようです。


その人その人によって感じ方は違うんだな。あたりまえだけど。


ミセスが嫌いで、フリーレンと合わないと言ってる人ばかりではないんだな、なるほどなぁと思った。


因みに娘はミセスの曲なら「天国」くらい暗めの曲が落ち着いて聴けるそうです。




かなり前のことですが、ゆゆうたさんが、ワンピースフィルムレッドでAdoが歌う曲を聴いているのをYouTubeで見た。

いろんな曲を聴いてコメントをしてるのだけど、「私は最強」を聴いたときミセスらしさがものすごく出てて「ミセスがAdoを食った」と言っていた。


「lulu.」で、娘が感じたことはこれと似ているのかなと思う。「私は最強」ほどでないにしても。


ミセスの曲って「独特な何か」、強いオリジナリティ、があるんだなと、ファンではない娘との会話で気づかされました。


前回からの続き


私はイヤホン依存症に近い状態で、毎日数時間イヤホンを装着している。


イヤホンを長時間装着していると難聴になりやすいようだから、いい加減止めたいという気持ちはある。


テレビで2025年のM-1グランプリを見た。昨年末のことだ。ドン・デコルテの漫才で私はあまり笑えなかった。身につまされすぎて。

デジタルデトックスというネタで、「現実を見たくないからスマホを見ていたい」という本音を語るネタ。


面白いと思う気持ちと、自分のことだとギクッとする気持ちか漫才中ずっとせめぎ合う。

(「多い!」のところは爆笑してましたが)


こんな漫才初めて・・・!!!!!・・・

ボケのやってることがそのままの自分だなんて。

漫才見て初めてこんな複雑な気持ちになりました。


問題を考えたくない、不安な気持ちになりたくない、だからイヤホンでいろんな情報を流して考える時間を極力減らそうとしている。この現実を漫才によって突きつけられた。


そろそろイヤホン断ちをしようか、と考えている。