私の頭の中のいろいろ

私の頭の中のいろいろ

アラフィフ パート 主婦
私の頭の中をアウトプットできるといいなぁ・・・
というブログです

今日、娘とお茶をしていた時、今期のフリーレンの主題歌はどうかという話題になった。


私はミセスのファンである。音楽はミセスの曲をよく聴くし、ライブにも行ったくらいにはファンである。

娘は全然ミセスに興味はない。私に連れられてミセスのライブの映画は見に行ったくらいで、好きでも嫌いでもない。


ミセスファンではない娘がどんな風に今回の主題歌を感じたかとても興味があった。


今回の主題歌はフリーレンに合っているという声と、合っていないという声の両方ある。


私は合ってる派。ちょっと寂しい感じとか、でも壮大な感じ、ダッドゥダのところは進んで行く感じ、やさしく切なく美しい感じ、フリーレンの世界観と合ってると思う。


合っていないという人は、ミセスが嫌いなだけじゃないかな?と思っていた。



娘は、今回の主題歌は悪くないけど、ミセスの匂い(ミセス臭?)がひょっこり顔をだしちゃうらしいです。

それだけミセスは「独特な何か」があるらしい。

なんか青々しい、まぶしい感じがしちゃうそう。

娘からするとフリーレンの世界観より明るく感じてしまうようです。


その人その人によって感じ方は違うんだな。あたりまえだけど。


ミセスが嫌いで、フリーレンと合わないと言ってる人ばかりではないんだな、なるほどなぁと思った。


因みに娘はミセスの曲なら「天国」くらい暗めの曲が落ち着いて聴けるそうです。




かなり前のことですが、ゆゆうたさんが、ワンピースフィルムレッドでAdoが歌う曲を聴いているのをYouTubeで見た。

いろんな曲を聴いてコメントをしてるのだけど、「私は最強」を聴いたときミセスらしさがものすごく出てて「ミセスがAdoを食った」と言っていた。


「lulu.」で、娘が感じたことはこれと似ているのかなと思う。「私は最強」ほどでないにしても。


ミセスの曲って「独特な何か」、強いオリジナリティ、があるんだなと、ファンではない娘との会話で気づかされました。


前回からの続き


私はイヤホン依存症に近い状態で、毎日数時間イヤホンを装着している。


イヤホンを長時間装着していると難聴になりやすいようだから、いい加減止めたいという気持ちはある。


テレビで2025年のM-1グランプリを見た。昨年末のことだ。ドン・デコルテの漫才で私はあまり笑えなかった。身につまされすぎて。

デジタルデトックスというネタで、「現実を見たくないからスマホを見ていたい」という本音を語るネタ。


面白いと思う気持ちと、自分のことだとギクッとする気持ちか漫才中ずっとせめぎ合う。

(「多い!」のところは爆笑してましたが)


こんな漫才初めて・・・!!!!!・・・

ボケのやってることがそのままの自分だなんて。

漫才見て初めてこんな複雑な気持ちになりました。


問題を考えたくない、不安な気持ちになりたくない、だからイヤホンでいろんな情報を流して考える時間を極力減らそうとしている。この現実を漫才によって突きつけられた。


そろそろイヤホン断ちをしようか、と考えている。



私は今、二階の自室で布団に横になっている。

枕元にはイヤホンが置かれている。


SONY WF-C500 アイスグリーンの色がとても気に入っている。

4年程前にSONYストアで購入した。1万円程で一度故障したが、3年保証がついていて、新品に取り替えて頂いた。今も絶好調で使えている。


私の生活の中でイヤホンは欠かせないものだ。

毎日数時間はつけている。YouTubeで音楽やらなんかの情報やらを聴いている。


本当はイヤホンは好きではない。耳が疲れるのだ。

でも、家族がいるなかで、好きなコンテンツを聴けるのは、とても都合がいい。イヤホンのおかげで、食器洗いや料理が苦にならない。

今では、いつでもイヤホンをして、そんなに重要とも思えない情報を聴くようになってしまった。


イヤホン依存症だな・・・、と思う。そう頭に浮かんだ後、ネットで検索してみると、イヤホン依存症って言葉があるようだ。知らなかった。


次回に続く。



さっきお米を米袋からタッパーに移し変えていると、お米が床に数粒落ちた。


私の家の床は、無垢のパイン材だ。

無垢床は冬は乾燥してすき間が空く。

そこに米が一粒ころがって入り込んでしまった。


夫と私が家を建てたのは12年程前。

小さな工務店でローコストで建てた。洒落っ気のない普通の家。

食洗機も浴室暖房もつけなかったけど、床と室内の壁だけは少々お金をかけた。室内の壁は漆喰と珪藻土が混ざった塗り壁にした。


無垢床と塗り壁のおかげで、家の中はおしゃれな雰囲気が少しだけ出ている。(と思っている)

無垢床の暖かみのあるインテリアが私の好みだから、いい雰囲気だと感じるのかもしれない。


冬場は板と板の間にすき間が空くのがデメリットではあるが、目を凝らさないと見えないので、気にはならない。よってすき間を掃除することもない。

(とはいっても、米は一応ほじくり出しましたがウインク)


メンテナンスはここ5年ほど何もしていないが、そんなに気にならないので後回しにしている。


・・・よくよく見ると、汚れや傷みが気になってきた。今年の春は蜜ろうワックスを塗り直そうかな。


12年経った今でも、無垢床にしてよかったなと思っている。








娘が今、目の前で眠っている。

お昼寝をしている。

娘、といっても、もう成人している。


そんな年の娘の昼寝を、幼児のように見守っているなんて、そんなこと想像もしていなかったなぁ。


私が想像していたのは、どんな未来だっただろう。


大学に通って、大変ながらも楽しい生活をしている娘、大学の費用を捻出するために働く自分を想像していた。


だが、大学は実現しなかった。娘は療養中だからだ。高校一年生の時、ひどいうつ状態になり、それから二年たった今も療養している。


かつて想像した未来は実現しなかった。

でも、今も想像している。

数年後の娘は、大学は行っても行かなくても、大変ながらも楽しい生活をしていると。


私はかなり楽天的なのかもしれないと思う。

ただそうなってほしいと祈っているだけなのかもしれない。