背番号51
この番号は野球に無知な私ですら誰の背番号かがすぐにわかります。
イチロー選手が現役引退を発表されました。
私のみならず多くの方にとって衝撃を与えたニュースだったのではないでしょうか。
また、野球の事を詳しく知らない私のような人間も含め、多くの方に長年大きな感動や影響を与えた人物の一人だったとも思います。
2000本、3000本という数字を誇れる自分はいない。
自分の成績からすると4000本のヒットを打つという事は、8000本以上の失敗がある。
誇れるとすればそこじゃないかと思う。
そういったイチロー選手の姿を今でも昨日のように思い出します。
引退会見でのイチロー選手の言葉は全ての言葉がまるで異次元の人間のような・・・そんな気にさえさせられます。
イチロー選手が引退会見でおっしゃっていた「生き方」についての話が非常に印象的でした。
自分の中の測りで常にその測りの限界を少しずつ超えて行く、超えようとしてゆく
時には後退する事や、後退しかない場面があったとしても・・・
それをやり続けたイチロー選手はどれほど孤高の戦いをされていたのだろう・・・
そして、我々が目にする姿はきっとほんの一部であり、見えない部分にどれほどの辛苦があったのかと考えると・・・
この生き方を自分に課してきたのだとすれば、その生き方とはおそらく最も厳しい生き方であり、どれほど孤高の戦いだったのかと・・・
そんな事を感じました。
そしてこの言葉の最初にイチロー選手が言ったのは「人より頑張る事はとてもできない」と言う言葉でした。
測りを他に持たず、自分に持つ…
この言葉は重く深く・・・ずっしりと感じます。
かつて野球を好きだった頃の自分はもういない。好きだとか楽しいと言っていた頃の幼い自分を懐かしく思う。とイチロー選手はおっしゃっていました。
好き、楽しいを捨てた先にあるもの
よく「好きな事をしたい」とか「せっかくするなら楽しめたほうが良い」と言う言葉を聞きますが
好きな間、楽しめている間はまだまだ未熟だと気づかされた言葉でもありました。
そして、なぜ楽しむこと、好きな事を捨ててまで続ける事が出来たのか・・・
その答えを引退会見で教えてもらったような気がします。
貫けたもの、貫いたもの・・・「野球を愛した事」と答えたイチロー選手のそのシンプルな答えに全てが表現されていました。
野球がイチロー選手にとっての仕事だと置き換えたときに
仕事を好き、楽しむというところにいる限りは仕事を通じての修練にならないのかもしれません。
まだまだ苦しみが足りない・・・
この言葉はNHKのプロフェッショナルでのイチロー選手の名言ですが、「野球を愛している」からこそ苦しみが足りないと言い切れるのかもしれません。
仕事を「好き」から「愛する」になった瞬間
本当に強い人間になってゆける気がします。