(段落分けとか、作文の書き方は知りません。そこはご了承ください。)

 

地球と世界は全く異なる。私たちの住んでいる地球は絶対的に一つだけ存在する。(まぁ地球の定義上、生命体が住んでいる他の天体が見つかればねぇ、面白いんだけど) しかし、世界は無数に存在する。

 

例を挙げると、まず地球の人口分だけ世界はある。何も見ずに思考、想像できる、その人個人の頭の中に格納された情報、思考回路が、個々の世界を構成していくと私は捉えている。一般的に視野や知見が広い、狭いと俗に言うのであろう。

 

そして、学問やスポーツの種類ごとに、世界を捉えられるであろう。また、くどくて申し訳ないが、芸能界とも俗にいうであろう。私は、枠で囲めるものなら何でも、「世界」と置き換えてしまう。

 

ついこの前まで地球=世界と思っていた私であるが・・・。

 

そのように考えていると宇宙というのは、他の何かの箱庭であって、その箱庭の中で私たちは弄ばれ、踊らされているのでは無いかと疑心暗鬼に駆られてしまう。

 

という、これまでの私の現実逃避に慣れてしまうと、自分の人生だから好きなように生きるという思いが強くなるのと同時に、自分が人生のうちにやり遂げれることなんかちっぽけなものだ、と感じるし、また死ぬまでに考えて、行動して、見てみたい未知の景色が山ほどあると想像する。あぁ、、、私は自分の出身の某県から出て街を歩いたことが全く無い。本当に世界が狭い人間だ、このまま年を喰い死んでしまう。と、怖くなり、焦り、遂に過去の私の時間の使い方に嫌気が差す。まぁ、もともと生まれた時から何も考えずにボォーっとするのが好きな奴であったから仕方がないことなのかもしれない。

 

人生は経験したもん勝ちだと私は思っている。できれば五感で。だから私は豚箱に入るのは一回きりでいいと思っている。私はマリファナを吸わない理由を浅知恵で説明するならば、マリファナを吸うことが悪いからと思わず、マリファナを吸うことによって人生経験ができる時間が、機会が失われる。刑務所内の同じ生活ルーティーンの繰り返しで何のためにやっているんだ。(他人の罪を償うことは最もだが...)(刑務所内の仕事は良いかも)

 

追記

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なぜマリファナを例にあげたかというと、これはこういう風にしなきゃダメなの。理由なんかないんだよ!あんた本当にバカでしょ!っていう理由をろくに言えないのに厳格に肯定して守ろうとする東洋哲学的な、あるいは宗教的な考え方をする人があんま私が好きじゃないからです。まぁでも、それらに関しては絶対的な結果が伴う場合もありますし、結果良ければいいんじゃないかと思うので、私もガキだなぁ..青春してんかな..と思います。

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そういう考え方をしてしまっているので、学校を豚箱と同じように捉えてしまう私ができてしまうのだ。

いや、デスクワークによって科目の世界が広がる事もいいことだ。だが、同じようなパターンを言って授業を終わらす教員というのは愚の骨頂であろう。時間を奪うことは生徒の足を折ることと何ら変わらない。

 

 

 

疲れたのでこれまで。また書きます。まだ続きです。正直これについては、まとめれないかも