人間たるものは、飽くまで忍耐といふ事を厳守して、神の御裔たる品格を永遠に保たねばならぬと思ふ。人間の中には短慮なるものがあって、危急の場合とか一大事の場合に際し、身命を擲ちてその主張を急速に達成せむとし、知らず識らずの間に自暴自棄的行動を敢行し、瓦全よりも玉砕主義を選ぶと言って誇るものがある。玉砕は自己の滅亡であって自ら人格を無視するものとなり、神界の大神の眼よりは、自暴自棄、薄志弱行の徒として指弾され、霊魂の人格までも失墜するに至るのである。凡て瓦全も玉砕も人間としては易々たる業である。天地の経綸の大司宰として生れ出でしめられたる人間は、飽くまでも隠忍自重して人格を尊重し、如何なる圧迫も困窮も災禍も、忍耐力即ち荒魂の勇を揮って玉全を計らねばならぬのである。

『出口王仁三郎全集』第5巻,高木鉄男,昭和10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1138144