神を斎き奉るには、顕斎と幽斎の区別を弁え知らざるべからず。

顕斎は、天津神・国津神・八百万の神を祭るものにして、宮あり、祝詞あり、供物あり、御幣ありて、神の御恩徳を称えて感謝の心を現わす尊とき業なり。
幽斎は、誠の神天帝を祈るものなれば、宮も社もなく、祝詞もなく、御幣もなく、供物もなし。只願う所の事を、霊魂を以て祈り奉る道なり。
約めて云う時は、顕斎は祭るの道にして、幽斎は祈祷るの道なり。

顕斎のみに偏るも悪しく、幽斎のみに偏り過ぎるも悪しきなり。

出口瑞月 著 ほか『道の栞』,天声社,昭和7.7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1138449