現実世界を後にして 天上世界に往き見れば
地上の世界と同様に 東西南北の方位あり
而して諸の天人は 各住所に異同あり
愛の善徳具へたる 天人住めるは東西位
而して東方は明瞭に 之をば感じ西方は
おぼろに之を感ず也 愛の徳より証覚を
具へて住むは南北位 而して南方は明瞭に
証覚光を具へたる 天人計り之に住み
又北方はおぼろげに 証覚光を具へたる
天人のみぞ之に住む 主神のいます霊国に
在る天人と天国に 在る天人と皆共に
これの順序を守れども 主の霊国は愛の徳
この徳に依り真光に 従ふものと相違あり
天の御国に於ける愛は 主神に対する愛にして 
之より来る真光は 即ち無上の証覚ぞ
霊国所在の真愛は 公共に対する愛にして
之をば仁愛と称ふなり 仁愛の真の光明は
神に基づく智慧ぞかし これの智慧をば信といふ

主神の統轄為し給ふ 高天原の天界は
全く二つに分れあり 主神の坐します天界を
称して霊の国と謂ひ 天人達の住居せる
世界は即ち天国ぞ 霊の御国と天国を
構成したる諸々の 天の世界の方向は
決して同じきものならず そも天国の天人は
主神を太陽と打ち仰ぎ 霊の御国に住むものは
主神を月と打仰ぐ 而して主神の顕現し
たまふ処は東なり 真神即ち主の神は
天国にては太陽と 顕はれ給ひ霊国に
在りては月と顕れたまふ 斯くも二種の御姿に
顕はれ玉ふは何故ぞ 愛と信とを摂受する
度合の異なる為ぞかし 愛の善徳は火に応じ
信は光明に相応ず 是霊国と天国の
二つに分るる所以なり

高天原の天界に 住む天人の眼より
見る太陽は天界の 太陽に比して最暗し
又太陰も同様に 天界の月に比ぶれば
最も暗く見ゆるなり 其理如何と云ふならば
地上に於ける太陽の 火熱は自愛に相応し
その光明は自愛より 招ける虚偽に相応す
そもそも自愛は主の神の 愛と全く相反し
自愛よりするその虚偽は 主神の有する神真と
正反対となればなり かくして主神の具へたる
神愛神真そのものに 逆らうものは天人の
眼に暗く映るなり 高天原の天国に
ある天人は主の神を 太陽の如く打ち仰ぎ
霊国在住の天人は 月の如くに仰ぐなり

地獄の世界に在るものは 自己と世界をのみ愛し
神に逆らふその為に 暗黒溟濛の裡に居り
全く神に相背き 主神を後方に捨ておく
これ等を鬼霊精霊と 称へて地獄の鬼となす
アヽ神惟々々 神の世界の奇びなる
『出口王仁三郎全集』第2巻,高木鉄男,昭和9.国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/1138063』
『出口瑞月著『霊の礎』,天声社,大正13.国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/919290』