神諭に「いよいよとなると肉体そのままの元の生神が現われてお手伝いをなさる」という意味のことが示されてある。竜体その他いろいろの姿をもって、元の昔から生き通しの神様が厳存され活動されるのである。すなわち神諭に示されてあるごとく、このたびの大神業は霊の神だけでは成就できない大望なのである。
開祖様がかつて神様に「元の昔から生き通しの神様のお姿を見せていただきたい」と願われたら、神様は「一目見てもびっくりする」と申されたことがある。
『出口王仁三郎 著 ほか『玉鏡』,天声社,昭和10.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1086348』
