肉体の生涯に在りし時に於て、朋友となり知己となりしものや、特に夫婦、兄弟姉妹となりしものは、神の許可を得て天の八衝に於て会談することが出来るものである。生前の朋友、知己、夫婦、兄弟姉妹と雖も、一旦この八衛に於て別れたる時は、高天原に於ても根底の国に於ても、再び相見る事が出来ない。又相識ることも無い。但同一の信仰、同一の愛、同一の性情に居ったものは天国に於て再び相見、相識ることが出来るのである。
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一旦天国へ上り、天人の群に入って天国の住民となったものは、容易に現界へ帰って来て肉体を備へた友人や親戚や知己達と交通することは難かしい。併し乍ら一種の霊力を具へて、精霊の発達したる霊媒者があれば、其の霊媒の仲介を経て交通することが出来るものである。その霊媒者は概して女子が適している。女子は男子に比して感覚が強く、神経鋭敏で知覚や感情が微細だからである。又霊媒力の発達した人の居る審神場では、霊身は時に現界人の眼に入るやうな形体を現はし、その姿が何人にも見えるのである。その霊身に対して現界人が接触すれば、感覚があり、動いたり、談話を交ゆることが出来るのである。されど天国に入って天人と生れ代りたる霊身は、自分の方から望んで現界人と交通を保たむと希望するものは無い。現界人の切なる願ひによって、霊媒、仲介を以て交通をなすまでである。


さり乍ら中有界に在る霊身は、時に由って現界に生存せる親戚や、朋友等と交通を保たむと欲し、相当の霊媒の現はるることを希望するものである。それは自己の苦痛を訴へたり、或は霊祭を請求せむが為である。又執着心の深い霊身になると、現界に住める父母や兄弟、姉妹や遺産などに対して、自分の思惑を述べやうとするものである。かかる霊身は現世に執着心を遣しているから、何時までも天国へは上り得ずして、大変な苦脳を感受するものである。

『出口王仁三郎全集』第2巻,高木鉄男,昭和9.国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/1138063』
『出口瑞月著『霊の礎』,天声社,大正13.国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/919290』