私はもう20歳です。

 

 中学3年生の頃から異性を意識するようになり、そして今もなお自分を愛してくれる女の子が欲しいと思っています。

 

 しかしそれは叶う事もなく、欲求不満が続くだけです。

 

 自分には大した魅力がありません。

 

 それどころか並の人間よりも能力が劣っているとも感じています。

 

 人の話を聞いて分かる事が苦手、人と仲良くする事が不得意、野菜が食べられない、計画性がない、勉強ができるわけではない、短い睡眠だと眠気が残ったまま、長い睡眠だと体が痛くなる体質を持っているなど様々な短所を持ち合わせています。

 

 私は高校時代に友達からこう言われました。「お前は選ばなければ結婚できる」「お前がパートナーだと女性が大変な思いをする」と。

 

 これを聞いた時は激しく怒りを覚えましたが、今は少し冷静になってこの事実を受け止めております。

 

 何でしょう、私って結構変わっているらしいですね。

 

 色んな人に私は変わっていると今でも言われます。

 

 心当たりはあるようなないようなはっきりしません。

 

 もっとまともな人間になりたかったです。今の自分が嫌いです。

 

 まともな男に女の子は寄って来るのだと思います。

 

 大学の同じ学科の女の子は可愛い子が多いです。

 

 楽しくお話をしたいと思っているのですけれども所詮私は普通に会話が下手な人間、それ以前に話ができるような機会がありません。

 

 実験などでグループの中に女の子が入って来る時があり、そこで実験についての質問がてらお話をしようとしているのですが好感を持たれるわけがない。

 

 嫌われているのか私の方を見ないようにしていたり、やや冷たい表情を浮かべたりなど手応えがありません。

 

 それなのに他の人と話をしていると楽しそうで、その嬉しそうな女の子の笑顔を見ると残念でなりません。

 

 私はリア充になれない組なのですね…。

 

 そしてこれも私の能力が劣っているからだと思います。

 

 自分を愛してくれる女の子にしても仲良くなれる女の子にしても能力のある者しか許されていないのでしょう。

 

 動物を見ればもう分かるでしょう、強いオスしかお目当のメスを自分のものにできないのと同じように人間でも同じ事が言えるのでしょう。

 

 彼女、私を愛してくれる女性は欲しいですが私のような能力の乏しい人間にはおこがましい事であり、女性を幸せにする事もできずその権利さえ持っていなく、ずっと独りで生きていかなければならない、とすっかり諦めモードに陥っています。

 

 彼女が手に入らない、女性と関わりを持つことができない運命なのならば私はなるべくこの事を考えないようにして、清く正しく生きるつもりです。

 

 恋人がいて性格の悪い人間になるくらいなら、恋人がいなくてもいつでも正しい人間を全うするつもりです。

 

 それでも諦められない心はあって、将来いつか多少遅くても私の魅力を分かってくれる人はきっといるとも信じています。

 

 自分でも私がどんな人間なのか知り尽くしていないような気がします。

 

 これからはもっと自分というものを見つめ直して将来のパートナーになってくれるであろう女の子の理想の人間に近づけるよう、何かと自分を磨き精進していきたいと思います。

 

 それまでの辛抱だ。俺ならできるぜ、きっと…。